沈丁花
2002年2月21日 ニチジョウのアレコレわたしのネームは何と読むのか。
クラリ オトコと読む。そうして、その意味するところは、いいオトコがいるとすぐにクラリ、ときてしまうから。
だったらそれも良いかなと思う。
ホントは、クラリ ネコと読むんです。すみません。
のらりくらり猫、です。
実家で猫を飼っていて、そののんびりぶり、マイペースぶり、だけど、縄張りを脅かすやつにゃあ容赦しないぜっ、て感じの姉御ぶり(女の子)、そこらへんに憧れてつけたんだよね。
もうひとつ、学生の頃にいつもそばにあった楽器、ピアノともう一つ、クラリネット、このクラリネット、の語感からも採りました、というわけなんである。
もともとは、ただの、音子、と名乗っておりました。詩でも物語でも、書くのが好きだったから、ペンネームはいろいろつけていたし。
本名はキライでした。
今まで旧姓でも今の名前でも、3人ずつ、同じ名前を目にしたことがある。犯罪者もいたし、ガス爆発の犠牲者もいる。漫才師、長年ボランティアをやっていて表彰されたおばちゃん、あと何だったかな。
ガス爆発の犠牲者のときなんか、事故の第一発見者は母と同じ名前だった。
ショックだったのは、高校生のとき、密かに思いを寄せていたクラスメイトの男の子から、2学期ももう終わるかってな時期に、
名前、なんだっけ。
と聞かれたときである。
ありふれた名前というのは、印象に残らない。別にふつうに暮らしていくのに困りはしないんだが、ここ一番、じぶんをおぼえさせたいっ、というときにはつらい。ツクエ、とかヤカン、とかの身の回りの普通の名詞に埋没してしまう。
名前からして華やいだものをもらっている人がいる。華やかな名前を持っている人は、その背後にいつも華やかなオーラを背負っているような気がする。そんな女性がうらやましい。
沈丁花見送るだけの恋にかほる
想いを寄せていたひとは、卒業後、都会へ行ってしまった。地方の、ある程度の進学校ではよくあることである。卒業生は実家にとどまることはあまり無い。東京圏、関西圏の大学、または予備校へ進学し、生活の拠点自体を変えてしまう。当然、進路によってはカップルも別れ別れになってしまうし、片想いなら尚更、相手を見かけることすら無くなってしまうことになる。
今年も沈丁花が香り始めた。
普通に道を歩いていて、ふとどこからか、この花の香りがしてくると、冬も終わりである。
そうして、地方の高校生だったわたしは、進路が決まって生まれ育った町を去ってしまうひとに、サヨウナラともガンバッテネとも言い出せず、ただ黙って背中を見送るしかなかった、あの季節を思い出して切なくなるのである。
クラリ オトコと読む。そうして、その意味するところは、いいオトコがいるとすぐにクラリ、ときてしまうから。
だったらそれも良いかなと思う。
ホントは、クラリ ネコと読むんです。すみません。
のらりくらり猫、です。
実家で猫を飼っていて、そののんびりぶり、マイペースぶり、だけど、縄張りを脅かすやつにゃあ容赦しないぜっ、て感じの姉御ぶり(女の子)、そこらへんに憧れてつけたんだよね。
もうひとつ、学生の頃にいつもそばにあった楽器、ピアノともう一つ、クラリネット、このクラリネット、の語感からも採りました、というわけなんである。
もともとは、ただの、音子、と名乗っておりました。詩でも物語でも、書くのが好きだったから、ペンネームはいろいろつけていたし。
本名はキライでした。
今まで旧姓でも今の名前でも、3人ずつ、同じ名前を目にしたことがある。犯罪者もいたし、ガス爆発の犠牲者もいる。漫才師、長年ボランティアをやっていて表彰されたおばちゃん、あと何だったかな。
ガス爆発の犠牲者のときなんか、事故の第一発見者は母と同じ名前だった。
ショックだったのは、高校生のとき、密かに思いを寄せていたクラスメイトの男の子から、2学期ももう終わるかってな時期に、
名前、なんだっけ。
と聞かれたときである。
ありふれた名前というのは、印象に残らない。別にふつうに暮らしていくのに困りはしないんだが、ここ一番、じぶんをおぼえさせたいっ、というときにはつらい。ツクエ、とかヤカン、とかの身の回りの普通の名詞に埋没してしまう。
名前からして華やいだものをもらっている人がいる。華やかな名前を持っている人は、その背後にいつも華やかなオーラを背負っているような気がする。そんな女性がうらやましい。
沈丁花見送るだけの恋にかほる
想いを寄せていたひとは、卒業後、都会へ行ってしまった。地方の、ある程度の進学校ではよくあることである。卒業生は実家にとどまることはあまり無い。東京圏、関西圏の大学、または予備校へ進学し、生活の拠点自体を変えてしまう。当然、進路によってはカップルも別れ別れになってしまうし、片想いなら尚更、相手を見かけることすら無くなってしまうことになる。
今年も沈丁花が香り始めた。
普通に道を歩いていて、ふとどこからか、この花の香りがしてくると、冬も終わりである。
そうして、地方の高校生だったわたしは、進路が決まって生まれ育った町を去ってしまうひとに、サヨウナラともガンバッテネとも言い出せず、ただ黙って背中を見送るしかなかった、あの季節を思い出して切なくなるのである。
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