藤の花

2002年5月2日 みじかいお話
結婚式の披露宴で、藤色のドレスを選んだ。
そうして彼が「奇麗だね。」と言ってくれたら、
こう答える。
「そう。あなたとはじめていっしょに見た、夜明けの空のいろなのよ。」

うす紫の色が似合う肌をつくるために、日焼け止めは欠かさなかった。腕についた日焼け止め乳液が職場の机に移り、机をふいてくれる後輩が、土色に変色したふきんを見て、びっくりして悲鳴をあげていた。
五キロの減量にも成功して、腰のラインを強調するドレスにも耐えられるかなという感じになった。

肩から腕にかけて大きく開いたデザイン。
房になった藤の花がたわわに咲き零れているみたいに、胸元を飾っている。

午前四時藤は天まで咲きのぼる

夜明けの、まだ手垢のついていない一日の始まりの色は、暗闇がやわらかくほどかれて、淡い紫の色をしていた。
ふたりのはじめての、朝。
特別の、朝。

でも、結局、その朝の思い出は語られなかった。
花婿が花嫁に、奇麗だね、と言わなかったからである。
彼は、着飾った新妻に向かって、彼の実家の風習である「饅頭撒き」をした際に饅頭のひとつと激突した隣のおじいさんのけがの具合を心配したり、自分はいつ食事をすればいいのか真剣に悩んだり、そういう調子で、まあ、ハッキリ言って、花嫁の様子なんか、見ちゃいないという風だったのである。

でも、いいのよ。
口に出さない方がいいこともあるのよ。どんな色だったっけ、なんてしらっと聞かれてもイヤだし。

美しい新婦はそう言って艶然と笑った。
お世辞抜きに彼女はとても奇麗だったのだけれど、一人の男に所属することへの淋しさが、その表情に翳を与え、それがよけいに彼女を引き立てていたのも確かである。
藤の色は、すこし淋しい。

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