雨に洗われる街。
ゴールデンウィーク中に、混み合う人々が汚した空気を、雨は洗い流して行く。
「傘を持って出れば良かった。」
女が、つぶやく。
映画を見た後のお茶の時間。スクリーンの中の世界から少しずつ現実の世界に戻って来るひととき。
スターバックス・ラテは、残り少なくなり、カップの底の方のすすけた苦みが舌にからみつく。
男は黙っている。
別に怒っているわけではなく、寡黙なタイプなのである。
デートも今日で四回目ともなれば、相手の機嫌位は読み取れるようになる。
女は男の顔を見つめる。眼鏡の奥の細い目が、ようやく今し方見てきた映画のパンフレットから離れて、女に向けられる。
笑いを含んだ目元に安心する女。
「これから、どうしよう。」
映画に誘い出したのは、男の方だから、何か計画があるかもしれない。
何よりもこのカフエは、男の部屋と同じ駅にあるのである。
もしかしたら、その、一人暮らしの場所を見ることになるのかもしれない。
男の薄い唇が動く。
「少し外を歩こうかなって思っていたんだけれども。」
「どこへ。」
男はただ微笑む。
その微笑みが、女の心を波立たせる。
何しろ、四回目のデートなのである。
いい大人の男女が、ランチを二度、デイナーを一度、一緒にしたのである。夜景も見た。お酒も飲んだ。でも、それだけだった。今日までは。
そろそろかな。
だから今日は、そうなってもいい下着を身につけている。だけど、見せてもいい下着だからといって、見せるかどうかは分からない。
女は時計に目をやる。
午後四時。中途半端な時間。
「どうしよう。」
と言ったのは男の方。
「歩こうかな、いい雨だし。」
「傘も無く。」
「そう。」
二人は見詰め合う。
「・・風邪を引きそう。」
「じゃ、やめよう。」
雨のせいで、街はこの時間にしては薄暗く感じられる。オープンカフエ部分の無人のいすとテーブルが、静かに濡れている。
「・・・どう、したいの、これから。」
聞きながら、どうして向かい合わせになんか座ってしまったのだろうと女は後悔を覚える。隣り合わせか、九十度の角度に座っていれば良かった。
そうすれば、無口な男の雄弁な手に、ぐっ、と引き寄せられるかもしれないのに。
「食事には早いよね。」
「うん。」
「もう少しここで雨宿りする。」
「そうしようか。」
しかし、突然の雨のせいで、店は混んでいる。元より、長居するような店でもない。
「・・とにかく、一度、出よう。本屋さんにでも、行ってみようかな。」
先に立ちあがったのは、男。
「そうね。」
本屋さん、という言葉になぜかふいを衝かれたような気がして、女は少し出遅れる。
あたふたとテーブルの上を片付けはじめた腕を、男の手がつかむ。
「・・・。」
「一緒に、やるから。」
男のカップもまとめて捨てようとしたことを言っているのだと気付くのにすこしかかった。
「ありがとう。」
「いいえ。」
少しよろけて立ち上がったのは、男の手の力に酔ったからかもしれない。
酔った・・・。なぜ。
しかし。
店を出て、ふと空をふりあおぐ。
雨は、やんでいる。
「やっぱり、少し、歩こう。」
「あても無く。」
「そう。行き先決めずに、さ。」
新緑を洗ひて雨のとどまらず
行き先、決めずに。
まるで、気まぐれな雨雲のようだと、女は思った。
ゴールデンウィーク中に、混み合う人々が汚した空気を、雨は洗い流して行く。
「傘を持って出れば良かった。」
女が、つぶやく。
映画を見た後のお茶の時間。スクリーンの中の世界から少しずつ現実の世界に戻って来るひととき。
スターバックス・ラテは、残り少なくなり、カップの底の方のすすけた苦みが舌にからみつく。
男は黙っている。
別に怒っているわけではなく、寡黙なタイプなのである。
デートも今日で四回目ともなれば、相手の機嫌位は読み取れるようになる。
女は男の顔を見つめる。眼鏡の奥の細い目が、ようやく今し方見てきた映画のパンフレットから離れて、女に向けられる。
笑いを含んだ目元に安心する女。
「これから、どうしよう。」
映画に誘い出したのは、男の方だから、何か計画があるかもしれない。
何よりもこのカフエは、男の部屋と同じ駅にあるのである。
もしかしたら、その、一人暮らしの場所を見ることになるのかもしれない。
男の薄い唇が動く。
「少し外を歩こうかなって思っていたんだけれども。」
「どこへ。」
男はただ微笑む。
その微笑みが、女の心を波立たせる。
何しろ、四回目のデートなのである。
いい大人の男女が、ランチを二度、デイナーを一度、一緒にしたのである。夜景も見た。お酒も飲んだ。でも、それだけだった。今日までは。
そろそろかな。
だから今日は、そうなってもいい下着を身につけている。だけど、見せてもいい下着だからといって、見せるかどうかは分からない。
女は時計に目をやる。
午後四時。中途半端な時間。
「どうしよう。」
と言ったのは男の方。
「歩こうかな、いい雨だし。」
「傘も無く。」
「そう。」
二人は見詰め合う。
「・・風邪を引きそう。」
「じゃ、やめよう。」
雨のせいで、街はこの時間にしては薄暗く感じられる。オープンカフエ部分の無人のいすとテーブルが、静かに濡れている。
「・・・どう、したいの、これから。」
聞きながら、どうして向かい合わせになんか座ってしまったのだろうと女は後悔を覚える。隣り合わせか、九十度の角度に座っていれば良かった。
そうすれば、無口な男の雄弁な手に、ぐっ、と引き寄せられるかもしれないのに。
「食事には早いよね。」
「うん。」
「もう少しここで雨宿りする。」
「そうしようか。」
しかし、突然の雨のせいで、店は混んでいる。元より、長居するような店でもない。
「・・とにかく、一度、出よう。本屋さんにでも、行ってみようかな。」
先に立ちあがったのは、男。
「そうね。」
本屋さん、という言葉になぜかふいを衝かれたような気がして、女は少し出遅れる。
あたふたとテーブルの上を片付けはじめた腕を、男の手がつかむ。
「・・・。」
「一緒に、やるから。」
男のカップもまとめて捨てようとしたことを言っているのだと気付くのにすこしかかった。
「ありがとう。」
「いいえ。」
少しよろけて立ち上がったのは、男の手の力に酔ったからかもしれない。
酔った・・・。なぜ。
しかし。
店を出て、ふと空をふりあおぐ。
雨は、やんでいる。
「やっぱり、少し、歩こう。」
「あても無く。」
「そう。行き先決めずに、さ。」
新緑を洗ひて雨のとどまらず
行き先、決めずに。
まるで、気まぐれな雨雲のようだと、女は思った。
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