陽炎
2002年6月13日 滝とのことークリの花(完結)ずっと無視してきた藤城からの電話だが、ふいに話してみる気になった。
朝、更衣室で聞いた噂話が、気分を苛立たせていた。
その会話の環の中に入っていなくてよかった。
わたしは、その話の外にいて、横から耳に入れる形になり、顔色が変わるのを同僚たちに見られずに済んだのだった。
「滝さんって、彼女いるんだって、知ってた。」
滝の名前を聞いただけでドキリとする。
まして、彼女、云々。
最初に思い浮かんだのは、会話がこちらに向かって来るという成り行きである。
滝の彼女、は、自分なのだから。
ところが、話は、思いも寄らない方角へすすむ。
「あのひと、郷村さんとできてるらしいよ。」
話しているのは、入社して一年ばかりの社員である。
その周りにいるのも、若い社員たちばかりである。
もちろん、郷村俊枝の姿は無い。
「まさかあ。」
信じられない、というのが、大方の反応である。
郷村は、滝が転勤して来る前からこの営業所にいるから古株だし、何かと仕事上の関わりは多かったけれど、誰しも、それだけだと思っていた。
もちろん、わたしも。
その証拠に、まだ滝と今のような関係になる前、四人で呑んでいたときにも、わたしには、エッチなジョークを飛ばしてみたり、戯れに身体を触ったりしていた滝が、彼女にはそういうことを一切していなかった。
「でもねえ・・・本人が、そう認めているのよ。」
「滝さんが・・・。」誰かがたずねる。
わたしは、おもわず息を呑んだ。
「ううん。郷村さんが。」
たまたま昨日いっしょに残業になり、郷村に何気なく、「彼氏はいるんですか」とたずねてみたところ、
「いるような、いないような。付き合いは、長いんだけど・・・。」
という返答で、なおも問い詰めると、滝の名前が出たという。
寝耳に水、である。
勿論、そんな話は信じない。
自分の机に向かうときに、何気なく郷村の姿に目を留めて見たが、赤ら顔で、長い髪を後ろでひとつにまとめ髪にしているのは、ただ背が高いだけの田舎くさい三十女にしか見えない。確か、家にも田畑があり、父親と兄は中学の教師をしていると聞いている。仕事もさほどめだってできる方では無い。
ばかげている。
あんな女が、滝と並んでも、つりあわない。
大体、滝は、「いっしょに連れて歩くときには、やっぱり美人がいいよな」と常に言っていた。
ありえない、それに滝とは、二日前に愛し合ったばかりだもの。
自分に言い聞かせながら席についたとき、机の上のメモに気が付いたのである。
「本部の藤城課長まで、電話してください」
藤城の用事は純粋に仕事のものであった。
本部の「苦情受け付けセンター」という部署にいるので、要訪問と思われる顧客のところには、各営業所から担当員が出向く。
藤城が言ってきたのは、そういう相手のところへ行って欲しいということだった。
「保険を解約したくて、払い込み料を差し止めておいたのに、銀行引き落としが間に合わなかったらしい。」
生保ではよくある話である。
「ただ、どうも、その保険解約にいたるいきさつでトラブったらしい。ちょっとデリケートな相手みたいだから、君に頼みたいところなんだ。」
実は、わたしはそういうトラブルを解決するのは割に得意である。
徹底的に相手の言い分を聞いて、こちらの言い訳めいたことは一切言わない。心がけはその位のことなのだが、不思議に今までうまくいっている。
ただ、藤城の、
「で、きみのところで誰が担当して問題になったかって言うと・・・郷村、って子らしい。」
という言葉を聞いて、声色を変えてしまった。
「どうして、わたしが、あの人の後始末をしなくちゃいけないんですか。」
滝とできているなどと、嘘を後輩に広めるような女の仕事の不始末。どうしてわたしがやる必要があるのだ。
藤城は、しばらく黙った。
わたしのきつい口調に戸惑っている様子だった
が、やがて一言、
「・・・滝、がらみか。」
と、言った。
カンのいいところが、よくも悪くもわたしを悩ませる男であった。
陽炎に緋色の胸を見透かされ
朝、更衣室で聞いた噂話が、気分を苛立たせていた。
その会話の環の中に入っていなくてよかった。
わたしは、その話の外にいて、横から耳に入れる形になり、顔色が変わるのを同僚たちに見られずに済んだのだった。
「滝さんって、彼女いるんだって、知ってた。」
滝の名前を聞いただけでドキリとする。
まして、彼女、云々。
最初に思い浮かんだのは、会話がこちらに向かって来るという成り行きである。
滝の彼女、は、自分なのだから。
ところが、話は、思いも寄らない方角へすすむ。
「あのひと、郷村さんとできてるらしいよ。」
話しているのは、入社して一年ばかりの社員である。
その周りにいるのも、若い社員たちばかりである。
もちろん、郷村俊枝の姿は無い。
「まさかあ。」
信じられない、というのが、大方の反応である。
郷村は、滝が転勤して来る前からこの営業所にいるから古株だし、何かと仕事上の関わりは多かったけれど、誰しも、それだけだと思っていた。
もちろん、わたしも。
その証拠に、まだ滝と今のような関係になる前、四人で呑んでいたときにも、わたしには、エッチなジョークを飛ばしてみたり、戯れに身体を触ったりしていた滝が、彼女にはそういうことを一切していなかった。
「でもねえ・・・本人が、そう認めているのよ。」
「滝さんが・・・。」誰かがたずねる。
わたしは、おもわず息を呑んだ。
「ううん。郷村さんが。」
たまたま昨日いっしょに残業になり、郷村に何気なく、「彼氏はいるんですか」とたずねてみたところ、
「いるような、いないような。付き合いは、長いんだけど・・・。」
という返答で、なおも問い詰めると、滝の名前が出たという。
寝耳に水、である。
勿論、そんな話は信じない。
自分の机に向かうときに、何気なく郷村の姿に目を留めて見たが、赤ら顔で、長い髪を後ろでひとつにまとめ髪にしているのは、ただ背が高いだけの田舎くさい三十女にしか見えない。確か、家にも田畑があり、父親と兄は中学の教師をしていると聞いている。仕事もさほどめだってできる方では無い。
ばかげている。
あんな女が、滝と並んでも、つりあわない。
大体、滝は、「いっしょに連れて歩くときには、やっぱり美人がいいよな」と常に言っていた。
ありえない、それに滝とは、二日前に愛し合ったばかりだもの。
自分に言い聞かせながら席についたとき、机の上のメモに気が付いたのである。
「本部の藤城課長まで、電話してください」
藤城の用事は純粋に仕事のものであった。
本部の「苦情受け付けセンター」という部署にいるので、要訪問と思われる顧客のところには、各営業所から担当員が出向く。
藤城が言ってきたのは、そういう相手のところへ行って欲しいということだった。
「保険を解約したくて、払い込み料を差し止めておいたのに、銀行引き落としが間に合わなかったらしい。」
生保ではよくある話である。
「ただ、どうも、その保険解約にいたるいきさつでトラブったらしい。ちょっとデリケートな相手みたいだから、君に頼みたいところなんだ。」
実は、わたしはそういうトラブルを解決するのは割に得意である。
徹底的に相手の言い分を聞いて、こちらの言い訳めいたことは一切言わない。心がけはその位のことなのだが、不思議に今までうまくいっている。
ただ、藤城の、
「で、きみのところで誰が担当して問題になったかって言うと・・・郷村、って子らしい。」
という言葉を聞いて、声色を変えてしまった。
「どうして、わたしが、あの人の後始末をしなくちゃいけないんですか。」
滝とできているなどと、嘘を後輩に広めるような女の仕事の不始末。どうしてわたしがやる必要があるのだ。
藤城は、しばらく黙った。
わたしのきつい口調に戸惑っている様子だった
が、やがて一言、
「・・・滝、がらみか。」
と、言った。
カンのいいところが、よくも悪くもわたしを悩ませる男であった。
陽炎に緋色の胸を見透かされ
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