大田から、内線電話で誘いがあった。
この頃なぜかわたし個人のケイタイ番号を知りたがっているふしがある。もちろん教えていないが、
「どうして、滝には教えて、オレには教えないんだよ。」
と言われた。
この人は、滝とわたしの関係をまだ知らない。滝は何も話していないらしい。
大田にしてみれば、以前よく呑みに行った二人の男は、わたしにとって同位置にあるということらしい。
それとも、わたしは滝に片想いをしていることになっているのだろう。なかなかその想いを言い出せないでいるみたいだから、一肌脱いでやってもいいと思っている・・・そういうところか。
全く三十五だったか、六だったかのくせに、ひとのことなど構っておらずに、自分を何とかしろ、って感じ。
でも、大田の、丸い顔や、かつらかも知れないという噂のある妙に整ったヘアスタイルの頭をみていると、こういう男に性的魅力を感じてついて行く女が現れるとは、到底思えない。
悪い男では無いのだが。
社内旅行の幹事などさせれば、ピカ一である。
よく気が付くし、飲み物、食べ物、バスの中でのゲームから音楽にいたるまで、至れり尽くせり。人当たりもいいし、論争嫌い。大声を出すのを聞いたことが無い。
その、大田からの誘いである。
勿論、ふたりきりでは無い。
そういうことなら、こちらから丁重にお断り申し上げる。
大田と呑むとしたら、滝と一緒の場合だけ。
最初に滝と抱き合ったとき水を差されたことを怨んでいるわけでは無い。でも、忘れた訳でもない。
あのとき、妙に女性的なカンの働くこの男が、わたしたちの密会をかぎつけていたとも限らないのである。
ハッキリ言えば、邪魔をするつもりで、素知らぬ顔を決めて電話をして来たのかも知れないのである。
大田が、もしかして、わたしに気があるとしたら。そういうことも考えられた。
郷村のように、勝手に付き合っているなどと言いふらされては困る。
生理的に、嫌。

待ち合せ場所に着くと、滝と大田は先にビールを飲み始めたところだった。
二人の男が間を空けたので、自然にそこへ座る。
小柄なわたしには、多少座りにくいその場所へ着き、グラスにビールが注がれる。
「お前、相変わらず呑めないんだな。」
滝は、しばらく会っていない先輩社員の声で言葉をつくる。
「ええ。・・・でも、少し、いただきます。」
「元気か。」
「はい。」
実際、十日ばかり会っていない。
郷村のことを問いただそうかとも思ったのだが、恋人を信じることを選んだ。
ふたりきりのときの、熱い息遣い、激しいキス。
甘い声が、お前、では無くて、あなた、と呼ぶのだ。
滝が欲しい。
こんな呑み会は早々に引き上げるのだ。
そして、ひさしぶりに・・・。

しかし、甘い妄想はそこで断ち切られた。

居酒屋の扉が開けられ、大田がその方に大きく手をあげる。
郷村俊枝が、立っていた。微笑んで。

わたしたちは、四人。
そのメンバーは、かつてよく遅くまで呑んでいた、仲間、のはずである。
でも、もう違う。
わたしは、滝の妹じゃない。
妹だぞ、妹なんだから、と、滝が繰り返して言うのを、郷村はいつもどんな顔をして聞いていたのか。
酒のせいでますます赤みを増した顔を、満足そうに微笑ませていたのでは無かったのか。
でも、お生憎さま。
滝は、もうわたしの男だわ。

みんな、老獪であった。
一組の恋人同士の傍らに、男の方に狙いをつけた女がいて、女の方にも、想いを寄せた男がいて。
でも、表向きは、ただの同じ会社で気の合う仲間が、呑んでいる。
笑い、他愛無い噂話を繰り出し、唄い・・・。
夜はふけていく。

水色の硝子に辛き酒光る


酔えない身体に生まれたことを、心底怨みたくなる夜が、更けていく。

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