夏の月
2002年6月25日 滝とのことークリの花(完結)藤城からのメールは、長かった。
そろそろ社内に社員がいなくなる時刻なので、ケイタイをかばんに仕舞い込み、残りは後で読むことにする。
駐車場に着く頃、ようやく西日は勢いを無くし始めていた。
もうすぐ夏だ。
夏の間に、この恋は決着するのか。
郷村と対決して明らかになったのは、わたしたちがふたりとも、滝を愛しているということ、だけ。
最も、郷村サイドから見れば、わたしが滝のくるまに乗った、という事実も分かったということになるが・・・。
わたしは、ゆっくりくるまを出した。
なんとなく、まっすぐ帰りたくない気分だった。
今にも落ちそうな大きな夕日と平行に、国道沿いに走る。無意識のうちに、この前藤城と会った喫茶店へ向かっていた。
夕方の店は空いていた。
どこからか、ハーブの香がした。
その香に誘われて、わたしもジャスミンテイーを頼むことにする。ウェイトレスが下がるとすぐに、ケイタイを取り出す。
「ぼくがあれこれきみの恋愛について、口を出せないということは、自分でもよくわかっている。
それでも、近頃のきみの憔悴ぶりには、元の上司としても黙ってはいられない。
きみは、滝といて、幸せなのか。
そもそもきみたちは、結婚を前提とした出会いかたをしたのでは無かったか。まだ、きみが100パーセントぼくのものだった頃、きみはお客の紹介で見合いをすることになったと言っていた。具体的に名前を聞いたわけでは無いけれど、あのときの相手は、滝だったのだろう。
そうして、きみは結局その話をことわった。でも、見合いの席には行っているわけだから、きみたちは一応そういうかたちで一度出会っているはずだ。
運命のいたずら、という陳腐な言い方をすれば、きみが彼の営業所に転勤したのは、まさに運命だったね。そこで、きみらは出会い直して、そして意識しあって、愛し合うようになった。そして、今がある。
だけど、考えてごらん。
見合いした男女が再会して、お互い憎からず思っているのに、どうしてそんなにきみは不幸な顔をしているのか。
恐らく、彼からのプロポーズが無いんだろう。
ぼくは、滝のことをそれほど良く知っているわけでは無い。でも、あの男は社内では目立つし、あれこれ噂も耳に入る。その中には、まあ、ハッキリ言ってきみの耳には入れたくないというものもあるんだ。男同士にしか分からないこともある、この前、滝ばかり責めるなとぼくが言ったのは・・・滝がきみの望むようなゴールを用意しているとは、思えなかったからだ。
きみのことは、今でも本当に愛している。
家庭があろうと無かろうと真実は、きみしか愛していない、の一言に尽きるんだ。
だから、幸せになって欲しい。
きみに、最高の笑顔を与えてくれるようでなければ、ぼくは滝を認めない。」
わたしは、ジャスミンのやわらかい香に包まれて、そのメールを読んだ。
何度も、何度も。
滝とお見合いをしたことがあるのを、やはり藤城は知っていたんだ。
そして、そういう「結婚を前提とした」交際の筈なのに、まるで結婚、という言葉を避けているかのように、ふたりの間が身体を求め合うことだけに終始しているのも。
わかったんだ。
藤城には、隠し事はできない。
そして、藤城さん、あなたなら、この、郷村とのことも、分かってもらえますか。
わたしは、ケイタイの番号を押した、懐かしい、不倫相手の番号を。
呼び出し音が耳元で零れだし、その音に耳ばかりでなく、体中を預けながら、窓の向こうにのぼる月を見た。
夏の月赤さで情を占いぬ
藤城の顔を見たら、泣いてしまいそうだった。
でも、泣いてみたって、かまわないだろう。
わたしのことを、こんなに愛してくれる男の胸でなら。
そろそろ社内に社員がいなくなる時刻なので、ケイタイをかばんに仕舞い込み、残りは後で読むことにする。
駐車場に着く頃、ようやく西日は勢いを無くし始めていた。
もうすぐ夏だ。
夏の間に、この恋は決着するのか。
郷村と対決して明らかになったのは、わたしたちがふたりとも、滝を愛しているということ、だけ。
最も、郷村サイドから見れば、わたしが滝のくるまに乗った、という事実も分かったということになるが・・・。
わたしは、ゆっくりくるまを出した。
なんとなく、まっすぐ帰りたくない気分だった。
今にも落ちそうな大きな夕日と平行に、国道沿いに走る。無意識のうちに、この前藤城と会った喫茶店へ向かっていた。
夕方の店は空いていた。
どこからか、ハーブの香がした。
その香に誘われて、わたしもジャスミンテイーを頼むことにする。ウェイトレスが下がるとすぐに、ケイタイを取り出す。
「ぼくがあれこれきみの恋愛について、口を出せないということは、自分でもよくわかっている。
それでも、近頃のきみの憔悴ぶりには、元の上司としても黙ってはいられない。
きみは、滝といて、幸せなのか。
そもそもきみたちは、結婚を前提とした出会いかたをしたのでは無かったか。まだ、きみが100パーセントぼくのものだった頃、きみはお客の紹介で見合いをすることになったと言っていた。具体的に名前を聞いたわけでは無いけれど、あのときの相手は、滝だったのだろう。
そうして、きみは結局その話をことわった。でも、見合いの席には行っているわけだから、きみたちは一応そういうかたちで一度出会っているはずだ。
運命のいたずら、という陳腐な言い方をすれば、きみが彼の営業所に転勤したのは、まさに運命だったね。そこで、きみらは出会い直して、そして意識しあって、愛し合うようになった。そして、今がある。
だけど、考えてごらん。
見合いした男女が再会して、お互い憎からず思っているのに、どうしてそんなにきみは不幸な顔をしているのか。
恐らく、彼からのプロポーズが無いんだろう。
ぼくは、滝のことをそれほど良く知っているわけでは無い。でも、あの男は社内では目立つし、あれこれ噂も耳に入る。その中には、まあ、ハッキリ言ってきみの耳には入れたくないというものもあるんだ。男同士にしか分からないこともある、この前、滝ばかり責めるなとぼくが言ったのは・・・滝がきみの望むようなゴールを用意しているとは、思えなかったからだ。
きみのことは、今でも本当に愛している。
家庭があろうと無かろうと真実は、きみしか愛していない、の一言に尽きるんだ。
だから、幸せになって欲しい。
きみに、最高の笑顔を与えてくれるようでなければ、ぼくは滝を認めない。」
わたしは、ジャスミンのやわらかい香に包まれて、そのメールを読んだ。
何度も、何度も。
滝とお見合いをしたことがあるのを、やはり藤城は知っていたんだ。
そして、そういう「結婚を前提とした」交際の筈なのに、まるで結婚、という言葉を避けているかのように、ふたりの間が身体を求め合うことだけに終始しているのも。
わかったんだ。
藤城には、隠し事はできない。
そして、藤城さん、あなたなら、この、郷村とのことも、分かってもらえますか。
わたしは、ケイタイの番号を押した、懐かしい、不倫相手の番号を。
呼び出し音が耳元で零れだし、その音に耳ばかりでなく、体中を預けながら、窓の向こうにのぼる月を見た。
夏の月赤さで情を占いぬ
藤城の顔を見たら、泣いてしまいそうだった。
でも、泣いてみたって、かまわないだろう。
わたしのことを、こんなに愛してくれる男の胸でなら。
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