熱帯夜
2002年6月27日 滝とのことークリの花(完結)藤城の電話は留守電サービスに切り替わり、わたしは何もメッセージを残さずに切った。
相手が電話に出ないことが、冷静にさせた。
もう少し、落ち着こう。
滝との出会い。
藤城は、わたしの方から断った、と書いている。
でも、それは違う。
彼の方から断られた。
理由は、「婿養子には行きたくない」というものだった。
わたしは、旧家のひとり娘で、ゆくゆくは婿養子を迎える立場にある。でもそれが少女の頃からとても嫌で、あまりにもわたしが嫌がるものだから、両親とも、「長男でなければ嫁に出しても仕方がない」というところまで妥協した。
滝は次男であった。わたしが二十四、滝が二十九、のときの話である。
同じ会社でも、支所が違えば顔も知らないということはよくある。滝とは初対面だった。
お客の紹介で、見合いの場所もそのお客の応接間、ふたりでドライブでもしていらっしゃい、と送り出されてしばらく滝の運転するくるまで走った。
事前に写真の交換もなく、「釣り書」を交わしたわけでも無く、わたしも彼も結婚したいという意志がある時期でもない、というお見合い。
ただ、せっかくだから、ということで食事をして、終わりである。
もし、滝のいる支所へわたしが転勤しなければ、わたしたちはその日限りで別れ、後には何も残らなかっただろう。
「お前と、こういうことになるなんて、な。」
ベッドでわたしを上に乗せてゆすりあげ、顔をじっとみつめながら、滝はよくそう言った。
あるときは、うめくように。
あるときは、優しく。
出会いの日のことに触れてしまうのは、本当はこわかった。
わたしは、一度彼から否定されているのである。
理由はどうあれ。
わたしも、別に初めて会って恋に落ちた、という訳ではない。
見合いの前日だって、藤城に抱かれた。
薄寒い、田んぼの真ん中にあるラブホテルで。
わたしは、店を出た。
いろいろ、考えるべきことがあるような気がした。
滝との将来。
彼にいつかぶつからなくてはならないのだった。
ほんとうは、結婚するとかしないとか、そんな面倒くさいことは避けて通りたい。
そのとき、そのときに愛したい男を愛して何が悪いのだろう。
くるまに乗り込もうとしたとき、一匹の猫が目を光らせて前を横切った。わたしの愛しかたは、動物みたいだ。猫になったらちょうどいいのだ。
そのとき、その場で恋を選んで。
「どこか、行くのか。」
「えっ・・・。」
ふいに背後から声をかけられ、思わず立ち止まった。
「・・・大田さん・・・。」
「・・・別にさ、後を付けてたわけじゃないさ。国道を走ってたら、お前のくるまが停まってたから。」
大田の笑顔は善良そのものだ。とにかくわたしは微笑みかえした。
「少し、お茶しようかと思って。まっすぐ帰るのも気が向かなかったし・・・。」
「そうか。」
わたしのケイタイが鳴り出す。
「また、メールだ。」
藤城から。ドキドキする。
でも、その内容は全然考えてもいなかったものだった。
「さっきの件、了承しました。あなたの悪いようにはいたしません。」
間違いメール。これは、仕事の相手かも。
「・・・誰か、誘いか。」
「いいえ・・・出会い系です。」
「ははは、お前のケイタイ、まだそんなもの入るようになってんのか。」
「ええ。」
蒸し暑い夜だ。大田はハンカチで、短い首をさかんにふいている。
「・・・飯でも食おうぜ。」
「でも。」
「そう嫌がるなよ。・・・滝も誘ってあるから。」
「 じゃあ、行こうかな。」
「現金だなあ、お前。でも、まあいいさ。
ところで、おれは呑むから、店まではお前が乗せてってくれよ。」
「軽だから、狭いですよ。」
「かまわないさ。」
仮面ども恋に恋する熱帯夜
出会い系サイトは、こんな夜にはにぎわうだろう。
藤城に返事をどうやって返そうかと思いながら、見知らぬ男女どうしの恋に少しあこがれた。
家も、過去も無く、ただ恋に恋していられれば、どんなにしあわせだろう。
相手が電話に出ないことが、冷静にさせた。
もう少し、落ち着こう。
滝との出会い。
藤城は、わたしの方から断った、と書いている。
でも、それは違う。
彼の方から断られた。
理由は、「婿養子には行きたくない」というものだった。
わたしは、旧家のひとり娘で、ゆくゆくは婿養子を迎える立場にある。でもそれが少女の頃からとても嫌で、あまりにもわたしが嫌がるものだから、両親とも、「長男でなければ嫁に出しても仕方がない」というところまで妥協した。
滝は次男であった。わたしが二十四、滝が二十九、のときの話である。
同じ会社でも、支所が違えば顔も知らないということはよくある。滝とは初対面だった。
お客の紹介で、見合いの場所もそのお客の応接間、ふたりでドライブでもしていらっしゃい、と送り出されてしばらく滝の運転するくるまで走った。
事前に写真の交換もなく、「釣り書」を交わしたわけでも無く、わたしも彼も結婚したいという意志がある時期でもない、というお見合い。
ただ、せっかくだから、ということで食事をして、終わりである。
もし、滝のいる支所へわたしが転勤しなければ、わたしたちはその日限りで別れ、後には何も残らなかっただろう。
「お前と、こういうことになるなんて、な。」
ベッドでわたしを上に乗せてゆすりあげ、顔をじっとみつめながら、滝はよくそう言った。
あるときは、うめくように。
あるときは、優しく。
出会いの日のことに触れてしまうのは、本当はこわかった。
わたしは、一度彼から否定されているのである。
理由はどうあれ。
わたしも、別に初めて会って恋に落ちた、という訳ではない。
見合いの前日だって、藤城に抱かれた。
薄寒い、田んぼの真ん中にあるラブホテルで。
わたしは、店を出た。
いろいろ、考えるべきことがあるような気がした。
滝との将来。
彼にいつかぶつからなくてはならないのだった。
ほんとうは、結婚するとかしないとか、そんな面倒くさいことは避けて通りたい。
そのとき、そのときに愛したい男を愛して何が悪いのだろう。
くるまに乗り込もうとしたとき、一匹の猫が目を光らせて前を横切った。わたしの愛しかたは、動物みたいだ。猫になったらちょうどいいのだ。
そのとき、その場で恋を選んで。
「どこか、行くのか。」
「えっ・・・。」
ふいに背後から声をかけられ、思わず立ち止まった。
「・・・大田さん・・・。」
「・・・別にさ、後を付けてたわけじゃないさ。国道を走ってたら、お前のくるまが停まってたから。」
大田の笑顔は善良そのものだ。とにかくわたしは微笑みかえした。
「少し、お茶しようかと思って。まっすぐ帰るのも気が向かなかったし・・・。」
「そうか。」
わたしのケイタイが鳴り出す。
「また、メールだ。」
藤城から。ドキドキする。
でも、その内容は全然考えてもいなかったものだった。
「さっきの件、了承しました。あなたの悪いようにはいたしません。」
間違いメール。これは、仕事の相手かも。
「・・・誰か、誘いか。」
「いいえ・・・出会い系です。」
「ははは、お前のケイタイ、まだそんなもの入るようになってんのか。」
「ええ。」
蒸し暑い夜だ。大田はハンカチで、短い首をさかんにふいている。
「・・・飯でも食おうぜ。」
「でも。」
「そう嫌がるなよ。・・・滝も誘ってあるから。」
「 じゃあ、行こうかな。」
「現金だなあ、お前。でも、まあいいさ。
ところで、おれは呑むから、店まではお前が乗せてってくれよ。」
「軽だから、狭いですよ。」
「かまわないさ。」
仮面ども恋に恋する熱帯夜
出会い系サイトは、こんな夜にはにぎわうだろう。
藤城に返事をどうやって返そうかと思いながら、見知らぬ男女どうしの恋に少しあこがれた。
家も、過去も無く、ただ恋に恋していられれば、どんなにしあわせだろう。
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