手ひどい失恋をした。
しばらく恋なんかしたくない、と切実に思った。
もう恋なんかしたくない、と言い切れないところが二十五の夏である。何もかもあきらめてお見合いでもしようか、というほど「枯れて」はいない。
しばらく、である。
とりあえず今年の夏はひとりで過ごそうと思っていた。
なのに。
「社内報、見たんだけど一度ご飯食べに行きませんか。」
というのが、初めての誘いだった。
たまたま支店のみんなと一緒に写った社内報のわたしの写真を見て、「なんか、気にいっちゃって」というのである。
「それはどうもありがとうございます。」
答えながら、あああれを写したときにはまだ前の彼氏とラブラブだったから、肌のつやとか目の輝きとかが全然良かったんだよね、と思った。
でも、今はずいぶんとやつれてしまったんだよ。
口には出さなかったが、そう思った。
結局、最初の食事は双方共に後輩を連れての焼き鳥、となった。
「やあ、はじめまして。」
待ち合せの焼き鳥屋の前で、後輩と立っているとえらく愛想のいい声が頭の上から降って来て、それが彼だった。
百八十三センチ。
わたしとの身長差三十センチ。
最初から、嫌な感じ。
高身長が嫌いなんじゃない。
・・・前の彼氏と、ぴったり同じサイズだったから。
顔つきも、なんか似ていた。
奥二重の釣り上り気味の瞳、鷲鼻、薄い唇。
顔立ちが似ているということは、声もまた似ているんだなあ。
こっちの方がやせているなあ、なんて思いかけて、ああ、やだやだ、と思う。比べてどうする、あの人と。
あんな男はもう現れるはずが無かった。
生まれて初めて、あんなに好きになったのに、その彼をある日突然失って、毎日泣き暮らしているのだ。別の男のことなんか考えられない。
でも、話し方、それから、
「あ、オレさあ、砂肝、すきなんだよね。」
焼き鳥の好みも、
「中、高ってバレーボールやっててさ。」
高身長のわけまでも、あの彼と同じだ。
ただ。
「オレ、全くの下戸なんだ。」
それだけが、大きく違っていた。
「わたしも、全然呑めないんですよ。」
前の彼と違うところを発見してホッとすると、
「そうですか。よし、いいことを聞いた。今度はもっとうまいもん食いに行こう、呑めないの者同士で。」
と、来た。
「お酒が呑めない、っていう人は、呑める人よりもうまいもん食わなくちゃ。一生を損しちゃうからね。」
アルコールの美味さを知らないという不公平を無くすには、できるだけおいしいものを探して味わうことに尽きる、とその人は言った。
なるほど、と、呑み会の度にワリカン負けしているような気がしているわたしはうなずいてしまい、結局その後も何回か食事に付き合うことになってしまった。
高速道路の真下に掘っ建て小屋のような店を構えていた焼き肉屋の石焼きビピンバ、駅裏のガード下の中華料理屋の水餃子、ネタがシャリの倍以上の大きさの、海沿いのすし屋のお鮨。どれも本当においしかった。
でも。
やっぱり、食事の後にどうこう、ということになるとしり込みしてしまう。
てっとり早く言えば、「男と女のこと」になると、とても踏み切れないわたしなのだった。
「いや、別に急ぎません。オレはあなたのこと、まあハッキリ言ってひとめぼれしたようなもんだけど、そういうことは、いいんです。」
余りにもさわやかに言われてしまうと、余計に申し訳無く思えてくるのだった。
前の彼は、そういうことが本当にすきだったからなあ。
男の上に乗って最後までしてしまう、なんてことは前の彼氏にさせられるまで思いも付かなかった。
「身長が違うんだから、こういう方がイイだろ。」
あの、甘い声。ほら、もっと腰を使って、そう、そう、いい感じだ・・・。
なんてことを思い出しながら、そのそっくりの声を持つ男に、
「そういうことは、いいんです。」
などと言わせているのだ。
ああ、なんか、ごめんなさい。
「・・・じゃあ、まあ、アイスでも食べて帰りましょう、すっきりと。」
そして、目についたハーゲンダッツに入り、
「オレはクッキークランチ。」
と、またあの男の好きなテイストを、選ぶ。
この人のこと、決して嫌じゃない。
むしろ、好きなタイプなのだ。
出会う順序が悪かったんだ、彼よりも先に会っていれば、無邪気に恋していたかもしれないのに。
そうだ。
もしかして、一線を超えてしまえばいいのかもしれない。
男につけられた傷は、男で癒す。
そういう方法もあるに違いない。
わたしは、自分の心を覗き込み、でも、やっぱりあの人を忘れられない、と思い・・・。
だから彼が食事のあとのドライブで急ハンドルを切って国道脇のホテルに入ったときには混乱した。
これは、拒まなければ。
でも、いってしまっちゃえば。
あれこれ取り乱しているうちに部屋に入ってしまった。
だ、け、ど。
わたしの心配は取り越し苦労、だったのだ。
思いも寄らない結果が待っていたのだ。
彼が、エレクトしなかった。というか。
彼の名誉の為に言っておけば、そういうことができる状態にはなったのだけれど、わたしの中に行き着かなかった、ということに、なるのかな。
・・・こういう場合、どうすれば男は傷つかないのだろう。
わたしは笑ってしまったから、ダメかな、こういうの。
でも、安心したから笑ったの、だから分かってもらえたかな。
まだ夜も早いうちだったから、わたしたちはまたアイスクリームを食べに行った。
恋になるアイスクリーム日よりなり
この夏、この人とならそばにいられるかも。
クッキークランチ。同じアイスを選んでわたしは思う。この人は、あの彼じゃない。でも、それでいい。それが、いいんだもの。
「あのね、あなたのこと、好きよわたし。」
一気に言ってしまうと、上唇のバニラを舐めたあとで、ありがとう、と答えが返ってきた。
しばらく恋なんかしたくない、と切実に思った。
もう恋なんかしたくない、と言い切れないところが二十五の夏である。何もかもあきらめてお見合いでもしようか、というほど「枯れて」はいない。
しばらく、である。
とりあえず今年の夏はひとりで過ごそうと思っていた。
なのに。
「社内報、見たんだけど一度ご飯食べに行きませんか。」
というのが、初めての誘いだった。
たまたま支店のみんなと一緒に写った社内報のわたしの写真を見て、「なんか、気にいっちゃって」というのである。
「それはどうもありがとうございます。」
答えながら、あああれを写したときにはまだ前の彼氏とラブラブだったから、肌のつやとか目の輝きとかが全然良かったんだよね、と思った。
でも、今はずいぶんとやつれてしまったんだよ。
口には出さなかったが、そう思った。
結局、最初の食事は双方共に後輩を連れての焼き鳥、となった。
「やあ、はじめまして。」
待ち合せの焼き鳥屋の前で、後輩と立っているとえらく愛想のいい声が頭の上から降って来て、それが彼だった。
百八十三センチ。
わたしとの身長差三十センチ。
最初から、嫌な感じ。
高身長が嫌いなんじゃない。
・・・前の彼氏と、ぴったり同じサイズだったから。
顔つきも、なんか似ていた。
奥二重の釣り上り気味の瞳、鷲鼻、薄い唇。
顔立ちが似ているということは、声もまた似ているんだなあ。
こっちの方がやせているなあ、なんて思いかけて、ああ、やだやだ、と思う。比べてどうする、あの人と。
あんな男はもう現れるはずが無かった。
生まれて初めて、あんなに好きになったのに、その彼をある日突然失って、毎日泣き暮らしているのだ。別の男のことなんか考えられない。
でも、話し方、それから、
「あ、オレさあ、砂肝、すきなんだよね。」
焼き鳥の好みも、
「中、高ってバレーボールやっててさ。」
高身長のわけまでも、あの彼と同じだ。
ただ。
「オレ、全くの下戸なんだ。」
それだけが、大きく違っていた。
「わたしも、全然呑めないんですよ。」
前の彼と違うところを発見してホッとすると、
「そうですか。よし、いいことを聞いた。今度はもっとうまいもん食いに行こう、呑めないの者同士で。」
と、来た。
「お酒が呑めない、っていう人は、呑める人よりもうまいもん食わなくちゃ。一生を損しちゃうからね。」
アルコールの美味さを知らないという不公平を無くすには、できるだけおいしいものを探して味わうことに尽きる、とその人は言った。
なるほど、と、呑み会の度にワリカン負けしているような気がしているわたしはうなずいてしまい、結局その後も何回か食事に付き合うことになってしまった。
高速道路の真下に掘っ建て小屋のような店を構えていた焼き肉屋の石焼きビピンバ、駅裏のガード下の中華料理屋の水餃子、ネタがシャリの倍以上の大きさの、海沿いのすし屋のお鮨。どれも本当においしかった。
でも。
やっぱり、食事の後にどうこう、ということになるとしり込みしてしまう。
てっとり早く言えば、「男と女のこと」になると、とても踏み切れないわたしなのだった。
「いや、別に急ぎません。オレはあなたのこと、まあハッキリ言ってひとめぼれしたようなもんだけど、そういうことは、いいんです。」
余りにもさわやかに言われてしまうと、余計に申し訳無く思えてくるのだった。
前の彼は、そういうことが本当にすきだったからなあ。
男の上に乗って最後までしてしまう、なんてことは前の彼氏にさせられるまで思いも付かなかった。
「身長が違うんだから、こういう方がイイだろ。」
あの、甘い声。ほら、もっと腰を使って、そう、そう、いい感じだ・・・。
なんてことを思い出しながら、そのそっくりの声を持つ男に、
「そういうことは、いいんです。」
などと言わせているのだ。
ああ、なんか、ごめんなさい。
「・・・じゃあ、まあ、アイスでも食べて帰りましょう、すっきりと。」
そして、目についたハーゲンダッツに入り、
「オレはクッキークランチ。」
と、またあの男の好きなテイストを、選ぶ。
この人のこと、決して嫌じゃない。
むしろ、好きなタイプなのだ。
出会う順序が悪かったんだ、彼よりも先に会っていれば、無邪気に恋していたかもしれないのに。
そうだ。
もしかして、一線を超えてしまえばいいのかもしれない。
男につけられた傷は、男で癒す。
そういう方法もあるに違いない。
わたしは、自分の心を覗き込み、でも、やっぱりあの人を忘れられない、と思い・・・。
だから彼が食事のあとのドライブで急ハンドルを切って国道脇のホテルに入ったときには混乱した。
これは、拒まなければ。
でも、いってしまっちゃえば。
あれこれ取り乱しているうちに部屋に入ってしまった。
だ、け、ど。
わたしの心配は取り越し苦労、だったのだ。
思いも寄らない結果が待っていたのだ。
彼が、エレクトしなかった。というか。
彼の名誉の為に言っておけば、そういうことができる状態にはなったのだけれど、わたしの中に行き着かなかった、ということに、なるのかな。
・・・こういう場合、どうすれば男は傷つかないのだろう。
わたしは笑ってしまったから、ダメかな、こういうの。
でも、安心したから笑ったの、だから分かってもらえたかな。
まだ夜も早いうちだったから、わたしたちはまたアイスクリームを食べに行った。
恋になるアイスクリーム日よりなり
この夏、この人とならそばにいられるかも。
クッキークランチ。同じアイスを選んでわたしは思う。この人は、あの彼じゃない。でも、それでいい。それが、いいんだもの。
「あのね、あなたのこと、好きよわたし。」
一気に言ってしまうと、上唇のバニラを舐めたあとで、ありがとう、と答えが返ってきた。
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