噴水

2002年8月27日 みじかいお話
噴水の前で、わたしたちは無言だ。
噴水を囲むように、広い人工の泉があり、子供たちがたくさん、中に入ってあそんでいる。
歓声が静かなわたしたちを包んでいる。
お互い、相手の言葉を待ち、緊張しているのだ。
彼は「やっぱり忘れられないみたいなんだ」と言った「元カノ」に会って来たはずだ。そして何か展開があったからこそ、今日ここにわたしを呼び出したのだろう。
わたしの方は、六才も年下の男からそんなふうに言われてすっかりイヤになり、カフエで相席になった中年の男と一夜を共にしてしまった。
そしてそのことは、かえってケンカした恋人への自分の気持ちを再確認させることになってしまった。それを引きずって、ここに来ている。
目の前にはその、恋人、がいる。
柔らかな猫っ毛を風がなぶっている。風の代わりにわたしの指で撫でてみたい、もう一度。

子供たちは、自分の時間を、その瞬間、瞬間ごとにとらえて生きているみたいだ。
今泣いていた、と思った子供が、瞬く間に笑い出すのも、激しくやりあっていた二人が、あっと言う間に手をつないでまた遊び出すのも、過去にも未来にも思いを及ばせずに現在だけに関心を向けているからだ。
あの、心の底から楽しんでいる笑顔も、手放しで悔しがる泣き顔も、そこから来るのだ。
あんなふうに、与えられた自分の時間を、瞬間ごとに生きられたなら・・・。
時間たちをきれいなビーズでつなぐみたいに。

「会って来たよ。」

「元カノに?。」

「うん。」

「で?。どうするの。これから。」
心の中で、「バカ」という声がする。そんなふうに聞いてどうする。相手の答え次第でものすごく傷つけられることになるのに。
でも、声はまるで冷たい。どうしてこう、素直じゃないんだろう。

「・・・続けたいんだけど。」「え?。」

「きみと。だめ?。」

やった、と叫びたいのに、
「・・・分かったわ。」
とだけ答える。懐かしい香がして、右手がぎゅっ、と強くにぎられる。一瞬、あの中年男の顔が浮かんで、消える。
噴水のプリズムの中かくれんぼ

折りからの西日が噴水全体を包み、半月形の虹をいくつもつくった。
「あ、虹。」
わたしがみつけてそう言い、
「え?。」
彼が見たときにはもう消えている。

西日も尖らなくなった。
もう、秋が近い。

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