夏祭り

2002年9月3日 みじかいお話
神社へと続く細い裏通りを自転車で駆ける。
顔見知りの人に会えば、元気にあいさつ。まるで、乳酸飲料のコマーシャルに出てくる配達おばちゃんみたいなノリだが、まあ、仕方がない。
だって、仕事中なんだもん。
わたしは、信用金庫の職員。仕事は集金係。店舗のある商店街を回って、売り上げ金を集金したり、両替の硬貨を運んだりするのがこの係の仕事だ。
明日は、この駅前商店街のお祭り。神社を中心に両手を広げたかたちで店が並んでいる様子は、戦前からそのまま。木造の古い家並み、文字が左から右へと書かれた看板を大きく掲げた店。
こじんまりとした小さな町は、いつもはなんとなく、うつらうつらと居眠りでもしているような、のんびりした町なのだけど、さすがに今日はお祭りの準備で沸き立っている。

彼と会ったのは、魚屋さんのおばさんに呼び止められたときだった。
「おはようございまーす。」
「あ、信金さん、後で新札持ってきてよ。」
「はい、おいくらお持ちしましょうか。」
「あ、あのね、千円札と・・・。」
「あ、じゃあ、メモします。ちょっと待って・・・。」
と、鞄を開けた時、
ガッシャーン
と、何かが倒れるようなものすごい音がした。
「ああ、またあの子や。」
見ると、飴細工、と書かれた屋台の暖簾が地面に突き刺さるようにして倒れている。
どちらかというと小柄な、まだ男の子、と言いたくなるような若い男が、あたふたしている。
暖簾、とは言え、結構重くて細長い。おまけに、彼はおそろしく細い腕をしていた。
「手伝ってあげるよ、もう。」
魚屋のおばさんがそちらに近付き、暖簾の片端を持ち上げる。
わたしがほどけかけた暖簾のひもを結わえ、完成。
「いやあ、ありがとうございます。」
少年、いや、青年は、にっこりと笑って、ジーンズのお尻でごしごしと両手を拭いた。
「だって、あんた、そんなんじゃ、いつまでたっても店開きできないよ。」
確かに、祭り向けの出店は、かなり準備がすすんでいる。できていないのは、この店位だ。
「あんたお父さんは?。」
「あ、おやじは、去年で引退しました。今年から、オレが引継ぎます。」
「ああそう、お父さんの飴は奇麗やったねえ、白鳥やら、うさぎやら。」
「オレも、一応、何でもやりますよ。」
「ほんま、頑張りや。」
励ますでもない調子でおばさんは言い、そのまま屋台を離れた。わたしも、つられるようにして、仕事に戻る。

仕事が終わって、仲間と私服で縁日をのぞいたとき、ふと青年の店をのぞいた。
どうやら、名人職人の後を継いだらしい、青年の店は意外に混んでいた。
小さな子供たちの目の前で、アニメのキャラクターをこしらえている。
「ほーら、ハム太郎。」
鋏をパチン、とさせると、一斉に歓声が上がった。
わたしは、なんとなく安心して、そのまま通り過ぎた。
夏祭りは、御神輿が出て、神主さんが神馬で町を練り歩く神事があって、三日で終わった。

夏祭り過ぎて化粧を落とす町

そして、町はいつもの、静かで平和で退屈な町に戻る。
そして、わたしはいつものように、紺の制服で自転車を駆る。
「おはようございまーす。」
あの青年に声をかけられたのは、例の魚屋さんに行く途中の、大きな桜の木の下だった。
「・・・この前は、ありがとう。これ、お礼にこしらえたんだけど、もらってくれる?。」
なんと、それは、飴でつくった女の子だった。
茶色の髪、青い服。
「これって、もしかして。」
「そう、きみ。」
「あはは、ありがとう・・・。でも、食べられないね、なんか。友食い、みたいで。」
「友食い、か。なるほど。」
二人は、一緒に大声で笑い、その後少し真顔でみつめあう。
「秋祭りには、また来るよ。今度はもっと上手にきみをつくるから・・・また来て。」
「うん。」
わたしは、曖昧に微笑んで、そして、彼と別れた。

こういうのも、約束、っていうのだろうか。
約束だとすれば、わたしは、約束を破ることになった。
それは、わたしがこの町で過ごす最期の夏祭りだった。
九月。わたしは、結婚して町を出て行き、今では遠い街でおかあさんをやっている。
彼は元気に飴をつくり続けているだろうか。

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