踊り

2002年9月10日 みじかいお話
市が主催する盆踊り大会に出ようと言い出したのは誰だったっけ。
高校最後の夏休みだった。
半年後に入試を控え、もし受かったらほとんどがこの町を離れることになる、そういうことで多少センチメンタルなものが、皆の心中にあったのかもしれない。
出られるやつは来いよ、というだけの紙が夏休み中の補習のクラスに回され、結果、当日には三分の一ほどが待ち合せ場所の堤防下に集合した。
盆踊り大会会場は、町を蛇行して流れるH川の河川敷であった。川沿いを公園に整備して、その広場で行われる。
会場に着くと、もうあちこちから人々が集まり始めていて、傾きかけた夏の大きな夕日が最後の一瞥をギラギラと投げかけていた。
ほどなく、市長の挨拶があり、スピーカーから大音響で音楽が流されて、盆踊りが始まった。
最初は照れもあって、お互いを指差しあったり突つき合ったり、とふざけてばかりのわたしたちだったのだけれど、辺りが闇に包まれる頃には、すっかり大きな踊りの輪に溶け込んでいた。

その輪の中に、彼女もいた。

彼女とは気まずいことになっていた。
よくある話だが、彼女が片想いをしていた相手の男の子とわたしがキスをしてしまった。
実はわたしの方は、別に彼がそれほどすきでも無かったのだが、なんとなくそういうことになり、またそういうことがあると、段々、彼のことが本気ですきになってしまって・・・そういう状態で迎えた夏休みだったのだ。
彼女にしたら、自分の気持ちを知っていて、そういうことをしでかしたわたしを許せなかっただろう。
でも、わたしだって、何も彼女を困らせようとかいじめてやろうとか、そういう気持ちで彼に近付いたわけでは無い。
むしろ、彼の方がわたしをすきなのだから、わたしをうらんでも仕方が無いじゃない、そんな風に強気で過ごしていた。
最も、なんとなくキスしただけ、と言うのは男の方もそうだったのだ。今ならそれが分かる。彼にしたら、チャンスだったのだ。十七のうちにすませておきたかった、通過儀礼のようなものだったのだ。
すべてが過ぎ去ってしまった、今なら分かる。

そう、すべては終わったことなのだ。
彼とは別にきちんと付き合うこともなく卒業を迎えた。彼は一浪して東京の大学に進学し、政府系の金融機関に就職した。
わたしは京都の短大に進学したあと、また地元に帰ってきて地方銀行に勤務している。
そして、彼女は、もういない。

わたしも彼も、そしてほとんどのクラスメイトが町を出ていた時期、亡くなってしまった。
拒食症、が命を奪ったのだと聞いている。
わたしの中で、彼女のことは耐え難い傷として遺された。

地方銀行の名前が白地に青く染め抜かれた浴衣を着て、わたしは踊りの中にいる。
あの夏からずいぶんと夏が過ぎた気がする。そして、これが多分わたしの最後の盆踊りになるだろう。先日婚約式を済ませ、春には結婚する。この町から、いなくなる。
彼も結婚した。
相手は東京の女性。今年来た年賀状は花婿姿の写真であった。
市に事業所を持つ大きな会社は軒並み参加し、老人団体や子供会団体も連なって、踊りの輪はとても大きい。もちろん、かつてのわたしたちのように、面白半分で参加している地元の高校生グループもいる。
近頃、あの若さが眩しく感じられるようになった。もう、年だな。
右に、左に、手をかざし、そっと前をうかがい見るような、振り。幼稚園の運動会から躍らされているからもう板についている。
もう、こうやって踊ることもないのかも。
ふと淋しさがこみあげ、その淋しさが、あの夏・・・もう来年にはここにいない、とやはり気付いて切なくなったあの夏へとつながっていく。
そのとき。
ふいに、懐かしい人影を見た気がした。
前方斜めのグループ。浴衣姿の女子高生のグループの中。

彼女だ。

気まずい思いを抱えさせたまま、逝ってしまった彼女。
あの夏は、わたしにとっては「ここでの」最後の夏、であったが、彼女にとっては「ほんとうの」最後の夏、になってしまった。
わたしの中の後悔が彼女を呼んだのだ。
謝らなければ。
でも、何を?。
一時だけど、彼を奪ってしまったこと?
そしてそのまましらんふりを決め込んでしまったこと?
目の前の彼女は、あの日の姿のままで踊り続けている。
でも、わたしは言葉が出てこない、何を言ったらいいのかわからない。

そして、音楽が止み、踊り手たちが、ほろほろっ、とほどける。
彼女は、いない。

もちろん、それは見間違いというものなのだ。
高校生の中に、似ているひとがいた、そういうことなのだ。
浴衣の袖で、額の汗をぬぐう。
こうして、夏が巡るたびに、わたしは何をどう謝罪したらいいのか分からないまま、謝り続けていくのだろう。彼女が、本当にいる世界に行くまで。

踊りの輪放たれて魚になりぬ

また、曲が始まった。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索