出て行ってよ。
と言ったのはこっちだから仕方の無いこととは言え、ひとりきりのベッドが二週間も続くとさすがに辛い。
しかも、季節はむし暑い夏から秋へと移り始めている。そろそろ人の肌のぬくもりがいとおしく感じられるようになる季節の到来。
でも、彼は、いない。
いや、こういう場合、「彼」とは言いたくないな。
ここは「あいつ」と呼びたい。
あいつ。
年下の、予備校講師。
わたしのワンルームになんとなく居着いてしまった、ちゃっかり者。
しかも、半年と三日暮らした挙げ句に浮気、で、それもうまくかくしたらいいのに、かくしきれずにわたしを怒らせて、で、
出て行ってよ。
と言ったら出ていった。
わたしとしては、本音は、あいつが浮気をした、ということよりも、浮気をかくさなかった、ということの方がキツかった。
堂々と女をつくった、ということは、ある意味、わたしのことなど、どうなってもいい、ばれたらばれたで別れてやろう、というふてぶてしさの表れである。
実際、あっさり出てっちゃったし。
わたしも、そんなとき、棄てないで、とか行かないで、とか、すがりつけないタイプなんだよね。
出て行くよ。
どうぞどうぞ。
ってなもんよ。
で、男の気配が消えてしまってから、改めて、泣き出すの。
淋しいって。
最低。
結構、ハデな喧嘩だったと思うんだけれど、あいつは意外に冷静だったらしい。
見回すと、いつのまにか増えていたあいつの荷物がほとんど消えている。
もともと衣類は大した量無かったけれど、例えば、落合信彦の本だとか、誰だかわたしは名前も知らない(と言うよりも何度聞いても忘れる)外人レスラーのポスターだとか、電動歯ブラシだとか。そういった小物(と言っていいのかな)の類いは、見事に持って出た。CDも、ビデオも。
たったひとつ、ボンジョヴィのCD一枚残して。
デッキの中に入ったままだったから忘れたのだろう。
頃合いを見て、言ってやろうと思ってはいる。
でも、わたしはいまだに、あいつのケイタイに連絡できないでいる。
メールで一方的に、という手が一番手っ取り早いだろう、とは思う。でも、なんだか・・・淋しいのだ。やっぱり、せっかくだから声のひとつも聞きたい。
じゃあ、電話しちゃおうか。でも、ものすごくツメタイ声で返事されるのも、哀しい。
案外、どっちにしても、もう番号なんか変えられちゃってるかもしれないし。
実は、それこそ一番恐れていることだったりする。
そう、わたしは、今でも、恋人は、あいつしか考えられないんだよ・・・。
洋楽はジャズ以外、ほとんど聴いたことがなかった。
だけど、こうしてボンジョヴィを流していると、気持ちがいい。
なんだか、安心する。
安心、と言っても何かに包まれるような安心感とは違って・・・そうね、台風のとき、建てつけの優れた家にいるみたいな感じ。何があろうと壊れない、というような安定感。最も、あいつはわたしのそういうコメントに首をかしげていたけれども。
女にはわからねえよ。
なんて顔だった。
男と女はからだも違えば、感覚も違うのだ。
同じ音を聴いていても、捕まえ方が違うのだ。
心地よさが違うのだ、快感の質が違うのだ。
あいつに教わったのは、そこらへんのこと。
別に教えてもらおうとしたわけじゃないけれど。
鍵穴に最初の秋の忍び入る
早朝、冷気を感じた。
玄関から、そっと入ってくる、外の冷たさ。
帰ってくるんじゃないか、と気にしているから余計に感じる、冷たい空気。
ある朝、あいつは秋を全身にまとって、ドアミラーのちいさなレンズにおさまるかもしれない、そしてわたしは、お帰りなさいと首に抱き付く代わりに、
CD取りにきたの?
と、硬い声でたずねるのだ。
そんなことを想像しながら、またひとりきりの一日が始まる。
と言ったのはこっちだから仕方の無いこととは言え、ひとりきりのベッドが二週間も続くとさすがに辛い。
しかも、季節はむし暑い夏から秋へと移り始めている。そろそろ人の肌のぬくもりがいとおしく感じられるようになる季節の到来。
でも、彼は、いない。
いや、こういう場合、「彼」とは言いたくないな。
ここは「あいつ」と呼びたい。
あいつ。
年下の、予備校講師。
わたしのワンルームになんとなく居着いてしまった、ちゃっかり者。
しかも、半年と三日暮らした挙げ句に浮気、で、それもうまくかくしたらいいのに、かくしきれずにわたしを怒らせて、で、
出て行ってよ。
と言ったら出ていった。
わたしとしては、本音は、あいつが浮気をした、ということよりも、浮気をかくさなかった、ということの方がキツかった。
堂々と女をつくった、ということは、ある意味、わたしのことなど、どうなってもいい、ばれたらばれたで別れてやろう、というふてぶてしさの表れである。
実際、あっさり出てっちゃったし。
わたしも、そんなとき、棄てないで、とか行かないで、とか、すがりつけないタイプなんだよね。
出て行くよ。
どうぞどうぞ。
ってなもんよ。
で、男の気配が消えてしまってから、改めて、泣き出すの。
淋しいって。
最低。
結構、ハデな喧嘩だったと思うんだけれど、あいつは意外に冷静だったらしい。
見回すと、いつのまにか増えていたあいつの荷物がほとんど消えている。
もともと衣類は大した量無かったけれど、例えば、落合信彦の本だとか、誰だかわたしは名前も知らない(と言うよりも何度聞いても忘れる)外人レスラーのポスターだとか、電動歯ブラシだとか。そういった小物(と言っていいのかな)の類いは、見事に持って出た。CDも、ビデオも。
たったひとつ、ボンジョヴィのCD一枚残して。
デッキの中に入ったままだったから忘れたのだろう。
頃合いを見て、言ってやろうと思ってはいる。
でも、わたしはいまだに、あいつのケイタイに連絡できないでいる。
メールで一方的に、という手が一番手っ取り早いだろう、とは思う。でも、なんだか・・・淋しいのだ。やっぱり、せっかくだから声のひとつも聞きたい。
じゃあ、電話しちゃおうか。でも、ものすごくツメタイ声で返事されるのも、哀しい。
案外、どっちにしても、もう番号なんか変えられちゃってるかもしれないし。
実は、それこそ一番恐れていることだったりする。
そう、わたしは、今でも、恋人は、あいつしか考えられないんだよ・・・。
洋楽はジャズ以外、ほとんど聴いたことがなかった。
だけど、こうしてボンジョヴィを流していると、気持ちがいい。
なんだか、安心する。
安心、と言っても何かに包まれるような安心感とは違って・・・そうね、台風のとき、建てつけの優れた家にいるみたいな感じ。何があろうと壊れない、というような安定感。最も、あいつはわたしのそういうコメントに首をかしげていたけれども。
女にはわからねえよ。
なんて顔だった。
男と女はからだも違えば、感覚も違うのだ。
同じ音を聴いていても、捕まえ方が違うのだ。
心地よさが違うのだ、快感の質が違うのだ。
あいつに教わったのは、そこらへんのこと。
別に教えてもらおうとしたわけじゃないけれど。
鍵穴に最初の秋の忍び入る
早朝、冷気を感じた。
玄関から、そっと入ってくる、外の冷たさ。
帰ってくるんじゃないか、と気にしているから余計に感じる、冷たい空気。
ある朝、あいつは秋を全身にまとって、ドアミラーのちいさなレンズにおさまるかもしれない、そしてわたしは、お帰りなさいと首に抱き付く代わりに、
CD取りにきたの?
と、硬い声でたずねるのだ。
そんなことを想像しながら、またひとりきりの一日が始まる。
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