午後から雨になるという天気予報は知っていた。
それでも図書館へ自転車を走らせたのは、二週間後に迫った公開模試の為。
と、いうのは表向きの理由。
本当は、彼も来ると思っていたから。
あなた、自分が何って呼ばれているのか知ってるの?
何?
プリンス・オブ・ライブラリー。
え?
学校帰りに自転車を並べて走りながら、そんなことを話した、あれは昨日。
秋の夕暮れは早くて、無灯火運転はキケンだな、と思った。
だけど、もっとキケンだったのは、その後だったのだ、多分。
自分の家がもう見えていたのに、
送っていくよ。
と言い出したのは、彼の方だった。
そして、いや別に何が起きたとか、そういったことは無い、ただ、意味も無く、ふらふらと走ってから帰った、というだけのこと。
意味も無く?。
嘘をついている。
最終的に、二人きりになり、何かあってもおかしくないという事態になったときに、手を伸ばしてきたのが男の方だったとしても。
そして、もしも後から考えて、男の方が、自分に「下ごころ」があった、と認めても。
やはり、そういった状況に持ち込んでいるのは、実は女の方なのかもしれない。
十七才のわたしは、うすうすそういうからくり・・・男に手を出されたふりをして、実は女が手を出させている、というマジック・・・に気が付いている。
そうして、この真面目そうな、自分がとても整った顔立ちをしているということに気が付いていなさそうな、志望校は京大、な男に対して、マジックをつかおう、と目論んでいるのだ。
でも、無意識に。
あるいは、無意識な、ふりをして。
まさか、雷雨がやって来ることまでは計算していなかったけれど。
日曜日。
図書館は午前中で終わり、である。
全館を流れる「蛍の光」に送られて、わたしたちは自転車に乗る。
同じ町内に住んでいるから、どうしても同じ道になる。
わたしたちは、ついこの前の席替えで、前と後ろの席になり、急速に親しくなった。
きっかけは、国語の古典の授業で、古語の解釈を巡って、彼と先生が対立したときに、わたしが彼の味方をしたから、ということだった。
進学校のトップクラスにいた彼が、みそっかすのわたしに注目したのは、恐らくそのときが初めてだったろう。国語だけは成績が良かったのだ。
でも、わたしの方では、もっとずっと以前から、彼のことは気にしていた。
親友の、思い人、としての彼のことを。
そう。親友の、片想いの相手だったから。
派手な彼女にしては不思議な位、もの静かな男だと思った。
そして、やがて、あの男は彼女には向かない、と確信する。
あのひとは、わたしの世界に住むべき人なのよ。
彼女はいつもわたしを従えるようにしていた。
服装も、雑誌も、音楽もいちいちチェックを入れて、何かと「アドバイス」をしてくれた。
だけど。
別に嫌いだったわけでは無い。
だから、彼を奪おう、などと思ったわけでは無い。
大体、彼女は告白して「玉砕」していたから、別に彼は誰のものでもないのだ。
わたしたち。
そう。もう、図書館を出て微笑ましく自転車を走らせていた、その時点で、わたしたちは共犯だ。
そして、天気予報が想像以上に当たって、にわかに空がかき曇り、やがて大きな稲光が走り、わたしたちが、人気の無い、小学校の自転車置き場に逃げ込んだとき。
雨が、ものすごい大きな音を立てていた。
金属の屋根に、打ち付けられる雨粒の音。
耳はそれだけを捉えていた。
遠くで誰かが大声で何か叫んでいるのも聞こえた。
突然の、雨。
そして、手は。
手は、彼の、大きな手のひらを感じていた。その、あたたかで、ごつごつした手が、少しずつ、少しずつ、力を加えていくのを。
感じた。
寝ても覚めても野分立ちたる恋のあり
はじめての、キス。
友達の、思い人。
いいえ、ただの、クラスメイト。
十月になると今でも思い出す、あの日の苦々しい記憶。小ずるくて、でもなぜか同時にイノセントな・・・。
もしかしたら、あのとき、わたしは、女、になったのかもしれない。
それでも図書館へ自転車を走らせたのは、二週間後に迫った公開模試の為。
と、いうのは表向きの理由。
本当は、彼も来ると思っていたから。
あなた、自分が何って呼ばれているのか知ってるの?
何?
プリンス・オブ・ライブラリー。
え?
学校帰りに自転車を並べて走りながら、そんなことを話した、あれは昨日。
秋の夕暮れは早くて、無灯火運転はキケンだな、と思った。
だけど、もっとキケンだったのは、その後だったのだ、多分。
自分の家がもう見えていたのに、
送っていくよ。
と言い出したのは、彼の方だった。
そして、いや別に何が起きたとか、そういったことは無い、ただ、意味も無く、ふらふらと走ってから帰った、というだけのこと。
意味も無く?。
嘘をついている。
最終的に、二人きりになり、何かあってもおかしくないという事態になったときに、手を伸ばしてきたのが男の方だったとしても。
そして、もしも後から考えて、男の方が、自分に「下ごころ」があった、と認めても。
やはり、そういった状況に持ち込んでいるのは、実は女の方なのかもしれない。
十七才のわたしは、うすうすそういうからくり・・・男に手を出されたふりをして、実は女が手を出させている、というマジック・・・に気が付いている。
そうして、この真面目そうな、自分がとても整った顔立ちをしているということに気が付いていなさそうな、志望校は京大、な男に対して、マジックをつかおう、と目論んでいるのだ。
でも、無意識に。
あるいは、無意識な、ふりをして。
まさか、雷雨がやって来ることまでは計算していなかったけれど。
日曜日。
図書館は午前中で終わり、である。
全館を流れる「蛍の光」に送られて、わたしたちは自転車に乗る。
同じ町内に住んでいるから、どうしても同じ道になる。
わたしたちは、ついこの前の席替えで、前と後ろの席になり、急速に親しくなった。
きっかけは、国語の古典の授業で、古語の解釈を巡って、彼と先生が対立したときに、わたしが彼の味方をしたから、ということだった。
進学校のトップクラスにいた彼が、みそっかすのわたしに注目したのは、恐らくそのときが初めてだったろう。国語だけは成績が良かったのだ。
でも、わたしの方では、もっとずっと以前から、彼のことは気にしていた。
親友の、思い人、としての彼のことを。
そう。親友の、片想いの相手だったから。
派手な彼女にしては不思議な位、もの静かな男だと思った。
そして、やがて、あの男は彼女には向かない、と確信する。
あのひとは、わたしの世界に住むべき人なのよ。
彼女はいつもわたしを従えるようにしていた。
服装も、雑誌も、音楽もいちいちチェックを入れて、何かと「アドバイス」をしてくれた。
だけど。
別に嫌いだったわけでは無い。
だから、彼を奪おう、などと思ったわけでは無い。
大体、彼女は告白して「玉砕」していたから、別に彼は誰のものでもないのだ。
わたしたち。
そう。もう、図書館を出て微笑ましく自転車を走らせていた、その時点で、わたしたちは共犯だ。
そして、天気予報が想像以上に当たって、にわかに空がかき曇り、やがて大きな稲光が走り、わたしたちが、人気の無い、小学校の自転車置き場に逃げ込んだとき。
雨が、ものすごい大きな音を立てていた。
金属の屋根に、打ち付けられる雨粒の音。
耳はそれだけを捉えていた。
遠くで誰かが大声で何か叫んでいるのも聞こえた。
突然の、雨。
そして、手は。
手は、彼の、大きな手のひらを感じていた。その、あたたかで、ごつごつした手が、少しずつ、少しずつ、力を加えていくのを。
感じた。
寝ても覚めても野分立ちたる恋のあり
はじめての、キス。
友達の、思い人。
いいえ、ただの、クラスメイト。
十月になると今でも思い出す、あの日の苦々しい記憶。小ずるくて、でもなぜか同時にイノセントな・・・。
もしかしたら、あのとき、わたしは、女、になったのかもしれない。
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