雪女

2003年1月21日 みじかいお話
「ここで、お願いします。」

そう言って、先に服を脱ぎはじめた。

車の中は、暖かかった。
外は、雪。夕方からずっと降り続いている。
雪国で暮らしていれば、この位の雪でたじろいだりは、しないけれども。


婚約者のいる男だと、最近知った。
訳ありの婚約らしい。男の商売は、彼女を得ることで有利になる。
このひとの、長い人生を食い尽くそうとしているのは、平凡で、何の取り柄も無い女なのだということに、耐えられない、そう思って。

恋に気が付いた。

あたしは、何だって気が付くのが遅い。
本当に欲しいものは、「欲しい」と思った時には、いつでももう手遅れ。

いいえ、もしかしたら、手に入らないと分かるものしか、心から欲しくならないのかもしれない。
不幸せ体質。

男が手を伸ばして、胸を掴む。
冷たい、てのひら。
こんなに冷たいてのひらの持ち主に初めて出会った。
身体をよじったのは、ヒヤッとしたからなのに、男は意味を取り違える。
のしかかる、大きな肉体・・・。

車窓は、ほの白く曇っている。
時々、はたはたはたっ、という音と共に、雪と風が車を包む。

山の中腹にある、真夜中の公園。展望台がある広場に続く小さな坂道。この辺りは確か、桜の並木道だ。目を閉じて、唇を遊ばせながら、満開の桜を瞼の裏に降らせる。

今は、真冬。訪れる人は誰もいない。恐らく朝になっても誰も来ないだろう。
桜みたいに散るのはただ、あたしのこのきもちだけ。
空から一斉に落ちる雪片たちのように、落ちれば消える。

落ちれば、きえる。

男は果ててから、窓の外の白さに驚く。
タイヤを通して押し付けていた新雪は、かなり積もってこの空間を取り囲んでいるだろう。
雪の夜、闇は、雪の白さに負ける。一晩中、暗くならない空は、藍いろから浅葱色へ、静かに変わる。どちらの青にも、白が勝って、それは、おとなしい女の無言の勝利を思わせる。



雪女だましだましの朝ぼらけ



「送るよ。」
男が言った。
「はい。」
うなずきながら、雪がどこかで、この空間を凍らせてしまいますようにと、願いをかける。

そして、その願いがかなうように、ここに来る前にあたしが仕掛けをしたことに、男はまだ気が付かない。

ふいに、エンジン音が途切れ、ふっ、とエアコンが止まり、ヘッドライトが、消えた。

はたはたはた。後にはただ、風の音。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索