春隣
2003年2月4日 リーコとチョーコのお話娘が五才の誕生日を迎えた。
幼稚園から帰宅して、まず見せに来たのは、担任の先生からいただいたバースデイカード。色画用紙で作られた立体式のカードで、子ひつじが、にっこり微笑んでいるデザイン。これは、受け持ちの子供が誕生日を迎える度に、先生が一人一人に宛てて手作りして下さる。
「いつも元気いっぱいの、リーコちゃん。お誕生日おめでとう。」
なんと、去年と全く同じ文句、一字一句違わない。まさか、去年の担任の先生に聞いてこしらえたわけでも無いだろうに。
やっぱり、いわゆる「おてんば」の娘には「元気」というほめ言葉しか浮かばないのかなあ、と思いつつ、お弁当箱を鞄から出そうとして、びっくり。
「もう一枚、カードがあるやん。」
しかも、ピンク色の封筒入り。
「ああ、それね、ツヨシくんがくれてん。」
ツヨシくんは、これまでにも、何度も「あそびにきてね。」だの、「あそんでくれてありがとう。」だのと、「お手紙」をくれている。そして、母親としてはそのたびに「お返事」を書かせようと頑張るのだが、三度に二度は拒否される。大体、じっと座っていること自体が、ものすごく苦手なたちらしい。
「さあ、ママの大切な便箋、一枚あげるから。」
とか、
「お手紙書いてから、おやつにしようか。」
とか、作戦はいろいろあったが、結局、いやいや書いたのがバレバレの小汚い作品を、鞄に入れることになる。
ツヨシくんのお母さまというのが、また、いつお会いしても長い髪を奇麗に縦ロールにして、ロングスカートを穿いておられるような方である。パーマっ気の無い髪をひっつめているようなわたしとは、とても同じ幼稚園に子を通わせているとは思え無い、それはそれはウツクシイ女性である。
自分のひとり息子が、毎日のように、せっせと手紙をしたため、しかも、その返事がほとんど返らず、返って来ても、アラビア文字とミミズとが交配に失敗したかのような、ものすごいもので書かれているのを彼女が見たら・・・。
とても、嘆かれるに違いないワ。
見かけによらず神経質なわたしは、ツヨシくんと、そのお母さまに会うたびに、身が縮む思いなのである。
しかも、今回。
「お誕生日バージョン」には、なんと、「ポケモン定規」までもが同封されているではないか。
「あんた、ありがとうは言ったよね。」
「うーん、言ったと思う。」
「お返事、書くよね。」
「えーっ。ツヨシくんのお誕生日、九月だよ。」
「おめでとうって言ったの?。」
「言うてへん。」
「あんたねえ・・・。」
と、やっているうちに名案が浮かんだ。
「そーや。バレンタインデイに、ツヨシくんにチョコレート、あげなさい。」
幸い、バレンタインはもうすぐ、である。
娘からチョコレートを送らせて、この、心のこもったカードへの、せめてもの感謝を現したい。
しかし。
「えーっ、なんでよ?。バレンタインって、好きな男の子にチョコあげる日なんでしょ?。わたし、ツヨシくんのこと、別に好きじゃないもん。」
と、来た。
なんと残酷な・・・。かつての少女として、気持ちがわからなくもないが。
「でも、あんた、別にパパ以外にあげたい人なんかいないでしょ。」
すると、娘、生まれつきとんがり気味の唇を、更にとがらせ、
「いるもん!パパなんか、ママがあげればいいでしょ。」
ああ、ここにパパがいなくてよかった。泣いてしまうかもしれない。
「だれよ?。」
「タクヤくん。」
「タクヤくん?。」
「そ。タクヤくん。もう決めてるもん。」
娘だけでなく、娘の友達、更にママ友にもそれとなく聞いて回ったところ、「タクヤくん」というのは、クラスで一番人気の少年であるらしい。確かに、くりくりした瞳が可愛らしい、礼儀正しい少年である。正統派。
「・・・でね、リーコちゃんのこと、ツヨシくんは本当に好きみたいね。でも、リーコちゃんはうっとおしがってるみたいね。」
あるママ友は言った。彼女の娘は、うちのリーコと同じクラスだが、娘よりも百倍はしっかりしている。
「タクヤくんは、一番人気。うちの子も、タクヤくんにあげる、って言ってる。」
「じゃ、リーコとは、ライバルなんだ。」
「そーね。でも、心配いらない。だって、タクヤくんの好きな子は、サーヤちゃんなんだって。」
「なるほどね。」
サーヤちゃんは、色白の細面。チャイドルみたいな美少女である。並みの女の子はかなわないだろう。
さて。
バレンタインデイが、近付いてきた。
昨日、お風呂の中で、珍しくもの思いにふけって湯船に漬かっていた娘が一言、
「ナミちゃんも、カナちゃんも、タクヤくんが、好きみたい・・・。」
と、つぶやいた。
「で、リーコはどうするの?。」
「チョコはあげるけど・・・ラブラブには、なれへんかな。」
去年の誕生日頃には、かっこいいシンゴくんから、せっかくのアプローチを受けていた。が、バレンタインで、カナちゃんがシンゴくんに仕掛けた「手作りチョコ作戦」で、敗れたのだったっけ。でも、まだ、よっつになったばかりのリーコは、きょとんとしているばかりであった。
それが、いっぱしに、恋の悩みらしきものを抱えおって・・・。
チョコを抱き待ち伏せている春隣
地球は、たしかに回っている。
時間は、たしかに過ぎてゆく。
娘は、平成二桁生まれである。
それが、もう、女の心をもち始めている、ってんだから・・・。
幼稚園から帰宅して、まず見せに来たのは、担任の先生からいただいたバースデイカード。色画用紙で作られた立体式のカードで、子ひつじが、にっこり微笑んでいるデザイン。これは、受け持ちの子供が誕生日を迎える度に、先生が一人一人に宛てて手作りして下さる。
「いつも元気いっぱいの、リーコちゃん。お誕生日おめでとう。」
なんと、去年と全く同じ文句、一字一句違わない。まさか、去年の担任の先生に聞いてこしらえたわけでも無いだろうに。
やっぱり、いわゆる「おてんば」の娘には「元気」というほめ言葉しか浮かばないのかなあ、と思いつつ、お弁当箱を鞄から出そうとして、びっくり。
「もう一枚、カードがあるやん。」
しかも、ピンク色の封筒入り。
「ああ、それね、ツヨシくんがくれてん。」
ツヨシくんは、これまでにも、何度も「あそびにきてね。」だの、「あそんでくれてありがとう。」だのと、「お手紙」をくれている。そして、母親としてはそのたびに「お返事」を書かせようと頑張るのだが、三度に二度は拒否される。大体、じっと座っていること自体が、ものすごく苦手なたちらしい。
「さあ、ママの大切な便箋、一枚あげるから。」
とか、
「お手紙書いてから、おやつにしようか。」
とか、作戦はいろいろあったが、結局、いやいや書いたのがバレバレの小汚い作品を、鞄に入れることになる。
ツヨシくんのお母さまというのが、また、いつお会いしても長い髪を奇麗に縦ロールにして、ロングスカートを穿いておられるような方である。パーマっ気の無い髪をひっつめているようなわたしとは、とても同じ幼稚園に子を通わせているとは思え無い、それはそれはウツクシイ女性である。
自分のひとり息子が、毎日のように、せっせと手紙をしたため、しかも、その返事がほとんど返らず、返って来ても、アラビア文字とミミズとが交配に失敗したかのような、ものすごいもので書かれているのを彼女が見たら・・・。
とても、嘆かれるに違いないワ。
見かけによらず神経質なわたしは、ツヨシくんと、そのお母さまに会うたびに、身が縮む思いなのである。
しかも、今回。
「お誕生日バージョン」には、なんと、「ポケモン定規」までもが同封されているではないか。
「あんた、ありがとうは言ったよね。」
「うーん、言ったと思う。」
「お返事、書くよね。」
「えーっ。ツヨシくんのお誕生日、九月だよ。」
「おめでとうって言ったの?。」
「言うてへん。」
「あんたねえ・・・。」
と、やっているうちに名案が浮かんだ。
「そーや。バレンタインデイに、ツヨシくんにチョコレート、あげなさい。」
幸い、バレンタインはもうすぐ、である。
娘からチョコレートを送らせて、この、心のこもったカードへの、せめてもの感謝を現したい。
しかし。
「えーっ、なんでよ?。バレンタインって、好きな男の子にチョコあげる日なんでしょ?。わたし、ツヨシくんのこと、別に好きじゃないもん。」
と、来た。
なんと残酷な・・・。かつての少女として、気持ちがわからなくもないが。
「でも、あんた、別にパパ以外にあげたい人なんかいないでしょ。」
すると、娘、生まれつきとんがり気味の唇を、更にとがらせ、
「いるもん!パパなんか、ママがあげればいいでしょ。」
ああ、ここにパパがいなくてよかった。泣いてしまうかもしれない。
「だれよ?。」
「タクヤくん。」
「タクヤくん?。」
「そ。タクヤくん。もう決めてるもん。」
娘だけでなく、娘の友達、更にママ友にもそれとなく聞いて回ったところ、「タクヤくん」というのは、クラスで一番人気の少年であるらしい。確かに、くりくりした瞳が可愛らしい、礼儀正しい少年である。正統派。
「・・・でね、リーコちゃんのこと、ツヨシくんは本当に好きみたいね。でも、リーコちゃんはうっとおしがってるみたいね。」
あるママ友は言った。彼女の娘は、うちのリーコと同じクラスだが、娘よりも百倍はしっかりしている。
「タクヤくんは、一番人気。うちの子も、タクヤくんにあげる、って言ってる。」
「じゃ、リーコとは、ライバルなんだ。」
「そーね。でも、心配いらない。だって、タクヤくんの好きな子は、サーヤちゃんなんだって。」
「なるほどね。」
サーヤちゃんは、色白の細面。チャイドルみたいな美少女である。並みの女の子はかなわないだろう。
さて。
バレンタインデイが、近付いてきた。
昨日、お風呂の中で、珍しくもの思いにふけって湯船に漬かっていた娘が一言、
「ナミちゃんも、カナちゃんも、タクヤくんが、好きみたい・・・。」
と、つぶやいた。
「で、リーコはどうするの?。」
「チョコはあげるけど・・・ラブラブには、なれへんかな。」
去年の誕生日頃には、かっこいいシンゴくんから、せっかくのアプローチを受けていた。が、バレンタインで、カナちゃんがシンゴくんに仕掛けた「手作りチョコ作戦」で、敗れたのだったっけ。でも、まだ、よっつになったばかりのリーコは、きょとんとしているばかりであった。
それが、いっぱしに、恋の悩みらしきものを抱えおって・・・。
チョコを抱き待ち伏せている春隣
地球は、たしかに回っている。
時間は、たしかに過ぎてゆく。
娘は、平成二桁生まれである。
それが、もう、女の心をもち始めている、ってんだから・・・。
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