昨年末「ジョビジョバ」が、事実上の活動を停止した。

この「お笑い集団」について、わたしの周辺の方々は、わたしの思い入れについてよくご存知だと思う。
だから、結構、落ち込んでいるというのも分かっていただけるだろう。
この人たち、男ばかりの六人で、「自分たちにしかできない笑い」というのをずっと追求しながら活動してきたが、ここにきて、一度六人がバラバラになるという。
ホームページには「一時的に活動を停止」とあった。その後もメンバーがそれぞれ所属事務所を変えつつも「芸能人」ではあるようだったから、ファンとしては、またいつかあの「笑い」に溺れられる日を夢見て生きて行こう、と何とか落ち込み状態から抜け出ようとした矢先、ものすごい(ファンにとっては)事実が明らかになった。

なんと、ここにきてメンバーのひとりが「カタギ」になってしまうというでは無いか!。

正直「事実上の活動停止」の発表時よりも衝撃的であった。

「もうスポットライトを浴びることはありません。
それでも僕は「ジョビジョバ」のソウルを忘れずに生きていきます。」

だと。泣かせるじゃない・・・・。(ちなみにこれは彼らのホームページからの引用です。)

しかし。
ここで、わたしはハタ、と涙を止める。

そもそも「ジョビジョバのソウル」とは何なのだ?。

いや、分かるような気はするんだよ。彼らの世界には「美学」があった。彼らのしか出せないリズム、があった。
でも、それは「ソウル」というものでは無いだろう。それはあくまで、「美学」と「リズム」なのである。
「ソウル」では、無い。

そもそも「ソウル」というものは何なのだ???。
翻って、我が家のリーダー、紅一点ならぬ黒一点(つーか白、なんだけど)は、大学時代、ひじょーに濃い体育会団体に所属していたおっさんであるが、いまだに、何て言うか、心の拠り所を、その当時の自分に求めているような気がする。
ことあるごとに思い出を語るときの、夢見るようなまなざし・・・正直、うっとおしくて仕方が無いのだが、「あの頃の自分」についてのふかーい想いはやはり「ソウル」というものであろう。
最も、おっさんの場合のそれは「魂」と日本語で語った方がよりリアルであるが。

友達のところに、男の子が生まれたのだが、そのご主人も、まだヨチヨチ歩きの我が子に向かい、
「よしよし、お前もパパと同じK大へ行くんだよん。」
と、あやすのだそうだ。
子供には自分の好きな道を歩ませたい、と願う友達が、その一言、聞き捨てならん、と問い詰めた(というほど大げさでも無いだろーけど)ところ、やはり「パパと同じ」の言葉の裏には、かつての自分が熱い想いで過ごした「ソウル」というか「魂」というか、そういうものが見えたそうである。

そう言えば、宴会で、と言うか、呑むと、男たちは、いわゆる「学生歌」の類いをよく唄うが、女が唄うのは、まあ、受け狙いの芸としてはともかく、余り聞かない。

「ソウル」「魂」。そういうものに、女は心の落ち着き場所を求めない。

いや、こう言い切るのは間違っているだろう。

女にソウルが無い、というのでは無い。
しかし、女のそれは、それぞれ個人的に心の中で密かに焚き付けているものであって、男たちのように、皆で盛り上がって、というのとは質が違う。

つまり、女の「ソウル」は群れからは生まれないのである。
男たちとは、そこが、違う。

「ジョビジョバ」の、あるいは「某大学応援団」の、もしくは「新撰組」の、「海援隊」の、「ソウル」。
男たちの、あつーい魂が、もしも目に見えるとしたら、其処此処に浮遊して、この世界は連綿と続いているのに違いない。

あるいは「アメリカ軍のソウル」なんてのもあるかもしれない。女たちは、男たちの群れの「ソウル」が、間違って暴走しないように、とりあえず目を光らせよう。


ソウル無き目に映る灯や宵節句


・・・だけど、長い人生、「俺達の魂の拠り所」というプライドを抱えて生きられるなんて、うらやましい気も、するんだけどね。

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