いつか二人で買ったしゃぼん玉を持って来た。
三月の終わりともなれば、日の光は、いよいよ優しく、午前中の公園には子供たちが走り回っている。
花粉症の彼は、ベンチに座って、何度もくしゃみを繰り返す。
そして、ハナをかむときには、小さく「失礼」と、言う。
だけど、言葉はそれだけ。

そもそも「話し合い」が必要になって来たこと自体、先の見えている恋なのだ。

分かっている。

でも、そう相手にはっきり言ってしまえば・・・それこそ「それを言っちゃあおしまいよ」、である。

あたしは、胸に下げたペンダント状の小さなボトルを開けて、先の開いたストローを突っ込み、シャボン液の量を注意深く調整してから、優しく息を吹き入れる。
多少乱暴な「突っ込み」と、その後の優しい「息つかい」は、何かを思い起こさせる。
でも、それはきっと、もう済んだことなのだ。

そう思うと、胸が締め付けられる。

これから、必ず失うことになる、ぬくもりたち。
天空に息を吹き出す前に、そういう暖かみでできている筈の隣の男を、そっと窺い見る。
放心したように、遊ぶ子供たちに目をやっている男。なあんだ、全然セクシーじゃ無い。

あたしの息が優しかったから、シャボン玉は、大きくなった。重たげに緩い風に乗り、すべり台の足元辺りで、パチンとおおげさに消える。

今度は、強く吹く。
すると、細かい玉が、何十も連なり合い、もつれ合いながら、空中をすべって行く。
あたしがシャボン玉なら、こっちだな。

男のくしゃみ。

外で会おうとメールしたのは、こっちだ。
メールにしたのは、有無を言わせない為だ。
一つの言葉が、男と女では、こうも違う解釈になるのか、と悲しく怒りながら続ける会話を電話でするのは、もう嫌だ。
でも、部屋で会って、最後には、大きなわだかまりといっしょくたになって、ベッドに押し倒されるのも、嫌。
しかも、あたしが、そうゆうことに持ち込むのだと、あなたは言うから。
腕を肩に回すのも男なら、唇を押し付けるのも男。でも、そうゆうことになったのは、女のあたしが悪いんだって。
「そもそも、初めっから、そうだったんだよな・・・。」

あなたは、この恋を初めから否定した。

あたしは、違うよ。

今みたいに、何も言葉が無く、それでも満たされていた時間。それが存在していたことも、認める。
恋していたんだよ。
恋、だったんだよ。

日が射せば、シャボン玉たちに、一層の煌きが加わる。景色を、一枚の絵に変える力を持つ輝きたちなのに・・・一瞬だけで、跡形も無くなる。
高みまで昇っていく姿を見つめていると、頑張れ、と言いたくなるのは何故だろう。
頑張れ、もう少し。
もう少し頑張れ。
もう少しだけ、消えないで。

男が、くしゃみでは無く、ため息をついた。
あたしは、無視して、また息を吹いた。
そのおおげさなため息だって、ストローを通せば、立派な虹色の玉になれるよ。

しゃぼん玉想いどこまで生きるやら

あの、きらきらした、薄い球体たちの中には、息が一粒ずつ詰め込まれていて、言えなくなった言葉たちは、ああしてひとつずつ消えて行くんだよ。
だけどすき。
もっとそばにいたい。
あたしをなかったことにしないで。

パチン。

「・・・もう、会わないよ。」

ストローを離して、あたしが、言葉をつくった。

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