あたしは多分、桜の花の生まれ変わりなのよ。

そんなことを話したのは、とてもどきどきしていたから。

桜の花のくせに、恋した相手は人間の男だったの。ふんわり開いたあたしの下を「彼」が通りかかって、たちまち好きになって・・・。
でも、もちろん、「彼」はあたしの想いなんか、気付きもしない。あたしが必死の想いでみつめているのに、涼しげに一瞥をくれるだけ、さっさと行ってしまって・・・。

春の嵐が来て、あたしが散る時、だから精いっぱい神様にお祈りしたのよ。次は、人間にして下さい!。

観覧車の中だった。

遊園地の桜は満開で、どこを見下ろしても、そこここに、白い綿菓子みたいな、花の集まりがあるのが見えた。
風は強くて、高所恐怖症では無くても、小さな箱が揺れるたびに、胸が泡立った。

いいえ、もちろん、あたしの、薄っぺらな胸が鳴り続けていたのは、あなたがいたからだったのだけれど。
憧れていた、あなたとの、初めての二人きりの時間。
仲間たちと一緒に並んだのに、順番はなぜか、あなたと二人になった。
鈴蘭の花の形をした、クリーム色の密室。
ひらりと上がり、どんどん空に近付くうちに、ぎこちなく微笑むことしかできなくなったあたしは、なぜだか自分でも分からないままに口にしていたの
だ。
あたしは、桜の花の生まれ変わりなのよ。

俯瞰の記憶もあるの。
どこか空中から、地面を見ていた記憶。鳥みたいに動かないで、それでもただ浮いていた、そんなことを覚えているのよ・・・。

それじゃあ、桜だったきみが恋していた男は、今どうしているのかな。

向かい側に座っていたあなたは、優しくそう口にした。二つ年上だけで、随分と大人に感じられたっけ。

・・・どこかで、きっとあたしを見つけてくれると思う。別の姿で生きていても。

そうだね。

そして、 あなたの薄い唇が、ほとんどかたちを変えずに、

それは、もしかしたら、今の俺だよ。

と、動いたかと思うと、一瞬ののちには、ひらりと、あたしの唇に降りて来た。

初めてのキスが、そうやってもたらされ、それから何回も、何回も桜の季節が巡り・・・。
観覧車は、ゆっくりと回り続けた。


春めぐるキスのカプセル観覧車


その遊園地が、昨日、閉園した。


すずらんの形の観覧車は、思い出を封印したまま、もう動くことは無い。
今日は、朝から春の嵐が街を駆けている。
遊園地の至るところで、柔らかく咲いていた桜の花々は、強い風に揺さぶられるまま、少女の小指の爪のような花片になって、もう動くことは無いメリーゴーランドの白馬についた金の房飾りや、空を飛ぶ象の大きな耳に留まっていることだろう。

「彼」とはもうずっと会っていない。どこでどうしているのか、元気でいるのかも、分からない。
あの春の日は、桜だった頃と同じ、封印された箱の中。

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