青嵐

2003年5月19日 みじかいお話
 「どうしたの?。」
 「・・・どうか、なっちゃったみたいだ。」
 「どういうこと?。」
 「気になるひとが、できた。ずっと、きみのことだけ、好きだったのに・・・。」  

   三年少し続いた遠距離恋愛にしては、あっさりしていると思う。
   初夏が三つ巡る間には、何度も別れようとした時間がある。でも、それは、いつでも、あたしの方から切り出したこと。あなたはいつでも、絶対にいやだと言い張った。  
 「ぼくが学生なのが、そんなに嫌なの?。」
 「そういうわけじゃないけど・・・。」
 「あともう少しだけ、待っててくれないだろうか。絶対、きみを迎えに行くから。」
  そして、二十三だったあたしは二十六になった。
  あなたは、めでたく医学生からお医者サマになって、そして、あたしから離れて行こうとしている。

  一般的には、多分、悲惨な話だ。

  恐らく、こういう状況は、普通は、捨てられる、っていうんだよね。
  でも、そんなふうには思えない。思っちゃ、いけないのだ。

  近田さんは、さっきのメールに書いてくれてた。
  「もしも、しっかり抱いてあげられれば、少しは楽になれるのかな。」
  でも、近田さんは、妻子持ちだ。

  アツキのセックスは、いつでも自分本位だ。なかなか会えないから、というのを口実にありとあらゆる気持ちイイことを、あたしの身体でやってみようとする。勿論それはアツキにとっての「気持ちイイこと」であって、あたしにとっての、では無い。だからこっちはしょっちゅう取り残される。
  そのくせ、終わった後には必ず、
  「良かった?。」
  と、たずねられる。曖昧にうなずいてキスをするしかない。良いも悪いも無い、流されているだけ。激しく求められている自分、というのを感じるのも悪い気分では無い。

  近田さんは逆だ。
  キスひとつ、指先ひとつにも、あたしへの気遣いがある。彼の快感は、高まっていくあたしを見ることで初めて紡ぎだされていくかのよう。
  欲望先にありき、のアツキとは、その辺が違う。勿論、良かったかどうかなんか聞かない。のぼりつめてゆくところをつぶさに見ているのだから、果ててからいちいち確認なんかしなくてもいいということだ。

  
   そう。
   あたしには、ベッドで過ごす男が二人、いる。
   いや、二人いた、だな。
  
   アツキには、勿論、近田さんのことは内緒にしていたけれど・・・。
   こうなっちゃったのは、自業自得なのだ、バチが当たったのだ。多分。
   

   短髪にまだ慣れぬ指青嵐

   
  
  
   反省、というわけでは無いけれど、髪を切った。肩よりも長い髪をシニョンにしていたあたし。乱れると、男の上でよく髪をほどいた。それをわし掴みにしたアツキ。優しくまとめ直した近田さん。
   二十六の女にとって、いったんベッドにあがると、ひたすら自分本意に振る舞う男の青臭い若さも、一歩下がったところから快感を与えてくれる年上の妻子持ちの安定感も、どちらも実はおいしいものだった。あたしは正直で、そしてイノセントだ。それは、アツキを失っても、変わらない。
 
  近田さんから、またメールが届いた。逢い引きの約束。

  初夏。
  雨が過ぎる度これでもか、これでもか、とばかりに木々は若葉を茂らせる。そして、これからやがて来るであろう過酷な暑さなど思いもよらずに吹く風に身を任せ、ザワッ、ザワッ、とみずみずしい歌を日々歌う。
  

  あたしは、正直で、そしてイノセントだ。
  そして、それは、男などいなくなっても、変わらない。
  ゆっくり息を吸ってから、ケイタイに向かい、あたしは最期のメールを打ち始める。  

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