くちなし
2003年7月8日 ニチジョウのアレコレ マンションの庭の剪定が終わり、地面に散らばる夥しい樹木の切りくずの中に、それはあった。
さっきまで降っていた雨は上がり、ひんやりした水の匂いと、苦み走った若木の切り口の匂いとが立ち込める中に転がっていた、白い花のおおきな蕾。
くちなしの花。
庭に植えられたたくさんのくちなしたちは、花の盛りの季節を終えて、白かった花々は、最早、クリーム色から黄ばみかけて散りかけている。しかし、どんな花にも、早咲きと遅咲きとがあり、この蕾は遅かったのだ。
拾い上げて持って帰り、部屋に飾ってみた。
小さな部屋の中では、外で見るよりも、ずっと大きな蕾に見えた。濃いビリジャンの葉は肉が厚く、これからの激しい季節を思わせる。でも、ここで、こうして切り取られているのだから、この葉は夏を知らずに終わるのだ。
翌朝、花は開いていた。
雨水に打たれ、かなりくたびれているように見えた、渦巻き状の蕾の先端が、柔らかくほどけている。まるで、真っ白な肌の貴婦人がてのひらをひろげたみたいだと思った。実際には「貴婦人の手」など、見たことは無いのだが。
そうして、辺り一面が、くちなし独特の、高貴で落ち着いた香りがする。娘のリーコを妊娠中、ちょうど、つわりと梅雨どきとが重なって苦しんでいたときに、この、マンションの庭に群れて咲くくちなしたちが助けてくれた。あらゆる匂いを拒否していた身体が、唯一受け入れたのが、この花の香りだったのだ。
そんなことを思い出すと、なんだか、この花に借りがあるみたいな気になる。
でも、ここに連れて来られたからといって、この花の命が救われるはずもなく、時間が経つごとに、花の力は失われてゆく。たっぷりした花の、花びらがひとつ、もう少ししたら落ちるだろう。
くちなしに、くちなし、と名を付けたのは誰だろう。
くちなし、は口無し、という意味なのか。同じ季節に咲く、紫陽花や蓮の花に比べれば、地味な花では、ある。ただそのかぐわしい香りによってのみ、居場所を知らしめているような。でも、こんなふうに、静かに匂いたちながら、ひっそりと夏を待たずに消えてしまえるのなら、こういう花になるのも、いい。
くちなしの闇におさまりきれず生れ
花になりたい、などと思うのは、今日のわたしのろくでも無い一日のせいだ、きっと。
幼稚園の懇談会で、係決めがあった。
激しくもめたわけでは無いが、ありがちに、後味の悪いものとなった。
それは、まあ、いつものこととは言え。
会が終わったあと、何人かのお母さんと話したときに、一人の人が「下の子がいる人はなるべく係をさせずにいさせてあげよう制度の撤廃」に関して、
「そんなん、生むのは、そっちの勝手で生んだんだし。」
と言い放った。
それが、わたしの、
「下の子がまだ乳飲み子だったとき、誰かが係をしてくれたので、とても助かった。」
という言葉の直後だったので、とてもいやな気持ちになった。
彼女は、わたしのことが嫌いなのだろう。
しかし、わたしも、彼女のことは嫌いだ。同じ空気を吸っているのも嫌だ。でも、毎日顔を合わせなければならない。
せめて、くちなしの花が、朝の空気を少しでも香ばしいものにしてくれますように。
さっきまで降っていた雨は上がり、ひんやりした水の匂いと、苦み走った若木の切り口の匂いとが立ち込める中に転がっていた、白い花のおおきな蕾。
くちなしの花。
庭に植えられたたくさんのくちなしたちは、花の盛りの季節を終えて、白かった花々は、最早、クリーム色から黄ばみかけて散りかけている。しかし、どんな花にも、早咲きと遅咲きとがあり、この蕾は遅かったのだ。
拾い上げて持って帰り、部屋に飾ってみた。
小さな部屋の中では、外で見るよりも、ずっと大きな蕾に見えた。濃いビリジャンの葉は肉が厚く、これからの激しい季節を思わせる。でも、ここで、こうして切り取られているのだから、この葉は夏を知らずに終わるのだ。
翌朝、花は開いていた。
雨水に打たれ、かなりくたびれているように見えた、渦巻き状の蕾の先端が、柔らかくほどけている。まるで、真っ白な肌の貴婦人がてのひらをひろげたみたいだと思った。実際には「貴婦人の手」など、見たことは無いのだが。
そうして、辺り一面が、くちなし独特の、高貴で落ち着いた香りがする。娘のリーコを妊娠中、ちょうど、つわりと梅雨どきとが重なって苦しんでいたときに、この、マンションの庭に群れて咲くくちなしたちが助けてくれた。あらゆる匂いを拒否していた身体が、唯一受け入れたのが、この花の香りだったのだ。
そんなことを思い出すと、なんだか、この花に借りがあるみたいな気になる。
でも、ここに連れて来られたからといって、この花の命が救われるはずもなく、時間が経つごとに、花の力は失われてゆく。たっぷりした花の、花びらがひとつ、もう少ししたら落ちるだろう。
くちなしに、くちなし、と名を付けたのは誰だろう。
くちなし、は口無し、という意味なのか。同じ季節に咲く、紫陽花や蓮の花に比べれば、地味な花では、ある。ただそのかぐわしい香りによってのみ、居場所を知らしめているような。でも、こんなふうに、静かに匂いたちながら、ひっそりと夏を待たずに消えてしまえるのなら、こういう花になるのも、いい。
くちなしの闇におさまりきれず生れ
花になりたい、などと思うのは、今日のわたしのろくでも無い一日のせいだ、きっと。
幼稚園の懇談会で、係決めがあった。
激しくもめたわけでは無いが、ありがちに、後味の悪いものとなった。
それは、まあ、いつものこととは言え。
会が終わったあと、何人かのお母さんと話したときに、一人の人が「下の子がいる人はなるべく係をさせずにいさせてあげよう制度の撤廃」に関して、
「そんなん、生むのは、そっちの勝手で生んだんだし。」
と言い放った。
それが、わたしの、
「下の子がまだ乳飲み子だったとき、誰かが係をしてくれたので、とても助かった。」
という言葉の直後だったので、とてもいやな気持ちになった。
彼女は、わたしのことが嫌いなのだろう。
しかし、わたしも、彼女のことは嫌いだ。同じ空気を吸っているのも嫌だ。でも、毎日顔を合わせなければならない。
せめて、くちなしの花が、朝の空気を少しでも香ばしいものにしてくれますように。
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