三才になったばかりのチョーコの手を引いて横断歩道を渡っていたら、チョーコが地面を指差し、
「あーっ、虫が、虫が!。」
と叫んだ。
 早くしないと信号が変わっちゃうよー、と言いつつ見ると、そこには一匹の、カナブン。
 が、ぱっと見ただけでは何か分からなかった。白いストライプの上にいるそれは、何かの拍子でバランスを崩したのだろうか、仰向けにひっくり返った状態で、足をばたつかせている。
 信号は変わりかけている。でも、このまま放っておいたら、青になるのを待ち構えている直進車の下敷きになってしまうだろう。
「えい。」
 しゃがみこむ時間は無かったので、乱暴だが、持っていた鞄の底に虫の足を引っかけてすくいあげるようにして体勢を立て直した。
 羽根を細かに震わせ、カナブンが飛び立つのと、信号が変わるのとはほぼ同時だった。チョーコをほとんど横抱きにひっ抱えて、無事に横断歩道を渡った。
 
 そのまま、買い物に行き、近所のショッピングセンターで行われている「ブロックフェア」なる催しに行って、娘そっちのけでブロック遊びに熱中し、マンションに戻ったのは小一時間後であった。
 雨模様だが、傘をさすほどでも無く、娘は自分の赤い傘を閉じたまま、軽く振るようにして歩いていた。人に当たったら危ないからやめなさい、と言おうとしたそのとき。
 ブーン。
 と、音が聞こえるほどに近く、一匹のカナブンがこちらに飛んできた。一直線に娘の顔スレスレに近寄り、急に向きを変えて飛び去った。
「いやーん、虫が・・・。」
 突然のことで、娘は泣き出し、わたしも戸惑い、そのときはただ唖然として、その見事な飛行を見送るだけだった。
 エレベーターに乗り込みながら、今日はよくカナブンに遭ったなあ、と思いつつ、ひとつの考えが浮かんだ。
 まさか、同じカナブンってことは無いよね。
「虫が、虫が。」 
よほど驚いたのか、繰り返すチョーコに、
「そんなにこわがらなくてもいいよ。もしかしたら、さっき、横断歩道で助けてあげた虫サンが、ありがとう、って言いに来たのかもよ。」
 と、言いながら、思わずその考えに笑ってしまったけれど。

   軒下の雨粒さへも若葉色

 日常の中の、メルヘン。たまには嘘を信じるのも良い。

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