虎落笛
2004年1月20日 ニチジョウのアレコレ夢むしり巻き込みてゆく虎落笛
「初夢」で虎に食べられた、と本文に書いた。
これとは別に「秘密」の方で、「ダンナが勝元サンにかぶれて坊主頭にしてしまった」話を書いた。
この二つはまったく別々に書いたのであるが、夢占いに詳しい「お気に入り友達」サンから、その関連を言われた。
ピンと来なかったので、一度観てみることにした。
そう、「ラスト サムライ」。
・・・なるほどね、虎に食われてしまう夢、確かに分からないでもない。
ただ、わたしには、
「極上の、エンターテイメント」
にしか観られなかった。なので、ダンナが、(営業職にも関わらず)坊主頭になってしまうほどなぜ「勝元サン」に心酔するのかについては、よく分からない。
彼は現在出張中で、このことについてまだ一言も話し合ってはいないのであるが、恐らく、観ていたところが違うのであろう。
大体、「武士道」を、女が本当に理解することなど、できないのではないか、という気がする。
これは、前から思っていたことで(「男たちのソウル」についての分かりにくさについても以前書いたことがある)、今回は改めてそれを強く感じた、ということなのであるが、男たちが、男たちだけで編成している世界、というものにはやはり入り込めない。
ましてや、そこにおける「美学」。手に負えない。
男たちにとって「戦う」というのは、一体いかなることなのか?。
酔っ払いの喧嘩から、暴走族の「決闘」(という言い方はしないのかな)、国家と国家との戦争にいたるまで、およそ様々な「戦い」があるわけで、それをいっしょくたにして語ることなどできないが、ひとつだけ共通するのは、
「なぜ戦うのか」
ということの答えを導く「美学」が、わたしにはまったく理解できない、ということである。
女だからなあ。
と言ってしまっては、女性から反論があるかもしれないが、それならば是非、その反論を聞きたい。
なので、もしも夫婦でこの映画について語り合っても、多分、何も出ては来ないであろう。
そういう意味でも、虎に食われるのはわたしなのだね、きっと。ダンナじゃなくて。
しかし、こう書いているが、映画そのものは純粋に楽しみ、マスカラを付けなくてよかった、という事態になった。
あと、ラストについては、あれでいいのではないかしら・・・。
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