氷柱
2004年2月6日 ニチジョウのアレコレその窓の氷柱は溶けず暮れゆける
伯母の葬儀のときの出来事で、どうしてもわだかまっていることがある。
書かないでおいた方がいいのかな、といまこれを書きつつも思っているのだが、気持ちの整理をしたいので、書かせていただく。
主人の従兄弟に、「芸能人」がいる。
「お笑い集団」を十年に渡り展開。現在はグループでの活動は中止。ソロになってからは、脚本を書いたり、ドラマに出たりしている。
わたしは、このひとの「ファン」である。
もともとは「ダンナの従兄弟」だから応援しようという気持ちであった筈なのだが、そういうお義理めいた感情は、ほとんど無い。単純に「いいな」と思う。もともと「お笑い」には好き嫌いがあるではないか。わたしは、このひとのつくる世界がすきなんである。
実に不思議なことなのだが、主人はこのひとを応援する気は全く無い。
さらにそれは姑もそうである。むしろ、わたしが楽しんでいることを、評価していることをうっとおしがっているのだ。実の甥なのにね。
分からない。
幼い頃から見知っている、従兄弟、甥、である。応援するのが普通であろうに。
まだ彼が全国ネットのテレビではほとんど見かけなかった頃は、そうでもなかった。しかし、次第に、テレビで彼をみかける機会が増え、
「Yちゃんが出てる。」
といちいち騒がなくなってきてからは、わたしが「熱をあげる」ことに、あからさまに不快な表情を見せるようになった。
だから、わたしは、
「嫉妬してるんやな」
と、思う。
主人の弟が東京で結婚式を挙げることになり、もしかして、彼も出席するか、という話になったことがある。
そのとき、姑が言ったことが忘れられない。
「(もし式場で会っても)親戚として会うんだから、サインだの何だの、そういうことはダメよ。」
は?。
分かってますよ。
大体、アイドルの追っかけじゃあるまいし。たとえ路上で会ったとしても、サインペン片手に迫ったりしないさ。
しかも、「従兄弟の嫁」という立場で会うのなら尚更・・・。「応援してますよ」くらいは言いますがね。幸い(?)彼は都合がつかず、対面は無かった。
前置きが長くなった。
さて、先日の伯母の葬儀。
わたしは彼に、テレビ画面あるいはライブのステージ以外の場所ではじめて直接に会った。
しかし、葬儀、である。
しかも、親しくしていたひとの急逝であるから、わたしは相当にショックを受けていた。賛美歌の最中も、棺にお花を入れる間も、涙が止まらなかった。
ああ、来ておられるな、とは思ったが、田舎流に言えば、「本家の長男」であるから、いても全然おかしくない。話す機会があれば嬉しいとは思ったが、別に今日で無くてもいい、という感じであった。
なのに。
火葬場から帰宅して、親戚一同が集まった席で、こともあろうに、主人と姑が、
「音子さんはYちゃんの大ファンなんだから、サインもらったら。」
と大声でわたしにけしかけるのである。
何でや?。
正直、とてつもなく戸惑った。
義弟の結婚式でサインをもらったりしてはいけない、と強く言った同じヤツが、伯母の葬儀の席でサインをもらえ、と強く勧めるのである。
葬式禁止、結婚式OK、ならまだ分かる。楽しい席でのハメはずし、と悲しい席でのタガはずれ、はどちらが罪が重いか。考えるまでも無かろう。
それに、サインをもらうということが実はわたしにはそんなに重要でもないのだ、そもそも。
彼がもしも今よりもさらにビッグになろうが、廃業しようが、主人と結婚している限り、彼とは親戚関係にあり、それはこの先もずっとそうなのである。わたしは彼の作品が大好きで、とても大切なものであるけど、それと、「彼とは親戚」というのは、まあ極端に言って関係が無い。
なので、本当にどっちでもよかったのだ。サインは。
しかし。
なんでだか知らんが、主人とその母は親子で、やたらと、サインをもらえ、もらえとけしかける。わたしの頭に
「やり手ババみたい」
という言葉が浮かんだ。
親戚中が事の行く末を見ているし、「伯父」は、
「サインちゅうても、色紙も何も無いがな。」
と、大慌てでそこらへんを引っ掻き回すし、ほんとうに、ほんとうに困ったよ。
結局、彼が機転を利かせてくれた。
「・・・お名前は何て言うの?。」
と、娘らに尋ね、娘ら宛てに、というかたちでサインを書いてくれたのである。
もちろん、色紙なんぞは無く、便箋の裏表紙に、サインペンも、インクが枯れかけてカサカサ、という、いくら親戚でもプロに向かってとんでもないものを差し出す格好になったのだが、相手が子供、ということで何とか丸くおさまった。
ほっとしていると、「やり手ババ」がまた、
「音子さん、今夜は嬉しくて眠れないわねえ。」
って、あんた。
あんたのお姉さんのお葬式だろーが、今は。
たぶん、忙しい間を縫って、東京から駆けつけてくれた甥=彼の機嫌をとりたかったのだろう。
しかし、あのときには本当に困惑した。どういう態度をとったらいいのか、さっぱり分からなかった。
サインは、手元にある。
しかし、もしこれが、こんな風でなく、たとえば、主人がこっそりと、
「あいつ、ほんとうにお前のファンなんだ。こんなときに悪いけど、サインを一枚書いてやってくれないか。」
なんて、彼に耳打ちしてその結果、わたしにもたらされた、とかいうものであったなら。
見直してやるんだけどな。
無いものねだりである。
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