春の月
2004年3月11日 内科医レインと人妻フィーネの物語ーツ・ナ・ガ・ルアクセルを踏ませずに見る春の月
貴方に家庭があることは、分かっていた。
「抑え切れない想い」というものを初めて知った。
自分ひとりの想いならば、静かに抱えていこうと決めた。
そのとき、ふいに誘われたのだった。
遠い三月。
貴方は、黙って車を走らせ、車は何の面白みも無い、古びた国道を北上していた。
中古車屋ばかりが目につく道。
店を開けていても入る人はいるのだろうか、と不思議に思うほどに汚れた看板が出ている喫茶店。
そうして、そういう片側二車線のでこぼこしたアスファルト沿いに、最早消えかかった雪のかたまりが、いくつも黒く汚れてあった。
踏みつけたら、じゃりじゃりと、音を立てて崩れるはず。
冬を飾っていた主役の最期。
そうして貴方は、突然ウィンカーを作動させて、人気の無い山道の入り口で車を止めた。
自分で自分を追い込んで。
くちびるからは、欲望しか感じないはずだった。
でも。
・・・こうなったら、楽しむしかない、と覚悟を決めた。
決してきれいな恋じゃないから、とことん、楽しむしかない。
いずれ、離れて行くときまで。
「貴方には家庭があるから、わたしは、貴方の邪魔はしない。障害にも、ならない。」
そう言った。
喜んでくれると思った。
けれども、貴方は、とても淋しそうに笑った。わたしは自分が「こんなことはもうやめて。会うのは止しましょう」と言ってしまったのかと思った。
貴方の口元に浮かんだのは、哀しみを含んだ、切ない微笑み。
唐突に怒りにかられた。
「貴方はずるいわ。本気にならないように、一生懸命自制しようとしてるのに。」
貴方と会わなくなって、十年近くが過ぎた。
今は遠い街で暮らすわたしは、液晶をじっとみつめている。
年下の男が語りかける。
「あなたには家庭があるから、その邪魔や障害には絶対になりたくないですけどね」
わたしの口元に浮かんでいるのは、遠いあの日の、貴方のものと、たぶん、まったく、同じもの。
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