白木蓮
2004年3月20日 主治医に恋ーキレイなフリン(完結)宵口に白木蓮の酒盃かな
暮れなずみ始めた港を見ています。
ケーソンの灯りは吐息のように点滅を繰り返し、ビルの群れはどれも煌く窓を抱えて、その輪郭を宵闇に溶け込ませ始めています。
貴方も、この景色を見ていてくだされば、と思います。
もう、お会いしないことでしょう。
そんなふうに考えると、とてもつらくなります。でも、きっとその方がいいのです。
貴方に出会えて、恋を感じて。
そう、結婚して初めて、恋をしたのです。自分でも信じられないけれど。そうして、それは、何も求めない恋だったし、これからもそうです。
たったひとつだけ、時々、ふと思い出して下されば・・・。
この街のこと。
貴方の職場の窓から見える、港の灯り、街のため息。沈丁花の歌、桜のダンス。つつじたちの行進、渡り鳥の乱舞。
水遊びをする子供たちの歓声。
秋には、降りしきる団栗の雨。
そこに、一ピースのパズルみたいに埋め込まれた、小さなわたしのことも。
昨日が最後だったと思う。
何事も起こさず、微笑んで、静かに会釈をして、部屋を出た。
泣かなかったことを、誉めてやりたい。
だけど、その夜、夫に求められたときには、こらえきれなくて涙があふれてしまった。
一体、女が男の腕の中で飛翔するには、何が必要なのかしら。
その男を愛していれば、いい。
でも、他に愛している男がいたならば。
どうして、その瞬間、触れている肌で飛翔することができるだろうか。目をつむって、こらえるしかない。その欲望が通り過ぎるまで。
あるいは頭の中で違う男を想い、その存在だけを頼りに身体を開けばいいの?。
だけど、そのひととは・・・。
何も、無かったというのに。
何も無かった、無かったけれども、ほんとうに、すきだった。心から、想っていた。
「ごめんなさい、今夜は止めて。」
今夜は、どうしても嫌。
夕べそんなふうに言ったから、夫には今日、抱かれなければならない。
二人の間に何かあれば、これは罰なのだと甘んじて受けよう。
だけど、何一つ起こらないで終わる恋なのに、こんなに苦しい目に遭わなければいけないものなのかしら。
白木蓮が、夜目にも白々と浮かび上がっている。
それはまるで、酒盃のように見える。
このままふらふらと木蓮の下にさまよい出て、そのまま白い酒を思うさま浴びて、冷たい地面に横たわって死んだように眠れたら。
どんなに、いいかしら。
貴方が、この街からいなくなるまで、もうあと一週間。
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