おぼろ月
2004年4月5日 内科医レインと人妻フィーネの物語ーツ・ナ・ガ・ルおぼろ月 くちつけのためだけに逢ふ
「キスがすき」とメールをくれた男が、キスのためだけに、あたしを呼び出して。
あたしは、明日の晩、美術館の上の、坂の上まで出かけて行く。
夫と子供を煙に巻いて、それだけのために、音のしないくつをはいて、夜を走る。
キスだけだと、彼は書いて寄越す。
明日は抱かない、と約束する。
では、なんのためにキスをするのかと問えば、言葉を交わすかわりだと言う。
夫の唇には、もう何年ふれていないことだろう。
抱き合って、身体の一番ふかいところでふれあっても、唇だけは、ふれ合わない。
からだはふれない、くちびるだけのために。
そのために夜をいそぐ。
花吹雪の舞う小道を抜けて。白々明るい駅を横目に。
からだをゆるして、くちびるはゆるさないのと、
くちびるだけゆるして、からだはゆるさないのと、
ほんとうはどちらが、ふれあったことになるのだろう。
美術館を見下ろす丘の上。
禁断の果実に手を伸ばす、二人の男女の像がある。
そこで交わすキス。
はじまりなの?おわりなの?。
コメント