チューリップ
2004年4月13日 リーコとチョーコのお話チューリップ 園児の列は揃はずに
・・チョーコの入園である。
末子が幼稚園の制服を着ている姿が、これほど感動するものだとは思わなかった。
これで、子供たちは、とりあえず、母親べったりでは無い生活に入るのである。これまでとは違い、母親の知らない世界、もしかしたら知らない顔、を持つかもしれないが、そうやって手元を少しだけど、離れるのだ。
これが、どうしても寂しい、というひともいる。
「寂しいでしょう」
とも、よく聞かれた。
しかし、これは、もうまったく寂しくは無い。
それぞれの世界で、楽しく生きたほうがいい、その方が絶対にいい関係を持てる、と思うタイプの母親なのだ。
先月まで、長女のリーコが通っていた園であるから、大体、要領はわかっている。
はじめてのお子さんの入園で、ドキドキしているお母さんの、何と初々しいことよ。
とても若い。
いや、実は仲良くしているひとから聞くと、意地悪にも本当のトシを教えてくれたりして、それがほとんどわたしと同じか少し上ってこともあるのだが・・・若々しい。
やはり、初めて、というのは大切なんやなあ、と入園式受付の列で背筋を伸ばしたり、してみる。
この園は、少子化社会の中にあって、冗談みたいに園児が増えている。
入園式は、ものすごい数の新入園児たちでいっぱい。
あちこちで泣いている子がいる、座っていられなくて、保護者席まで彷徨し始める子もいる。椅子から落ちる子、椅子ごと倒れそうになる子、ものすごい騒ぎだ。
動物園のゴハンの時間を思わせる騒ぎで式が終わると、今度は外に出て、園庭で記念撮影。
またこれが、おそろしく時間がかかる。
この前の卒園式のことを思い出す。
きちんと椅子に座り、背筋を伸ばし、両手をそろえて微動だにしなかった卒園児たち。
入園の、この、阿鼻叫喚の群れが、三年もすると、あれほどの集中力を身に付けるものなのだろうか。
子供というのは、成長する生きものなんやなあ。心から思う。
でも、今はまだこれでいいんだよな。
何せ最初の一歩である。
そっと、羽根の下から出してやって、また羽根の下で眠らせて。
その繰り返しでいいのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日の「桜蘂降る」は、手元の歳時記では、
「桜の花が散ったあとで、ガクに残ったシベが散って落ちること。散ったシベで地面が赤くなっているのを見かけることもある。」
と、あります。
桜の花は儚く散ってしまいますが、そのあと、しっかりサクランボの実を付ける様子を見ていると、桜のしたたかさに感動したりして。
ちなみに、張り切って書いた割には、どうってことなかったですね(笑)。恐らく、「そのものずばり」の言葉を使えないからだろうとは思いますが・・・。
あるいは体験不足か(笑)。
コメント