春の息
2004年4月17日 内科医レインと人妻フィーネの物語ーツ・ナ・ガ・ル胸元のプレートに吹く春の息
ひとを隠すのには、ひとの中がいい。
それでも、ことの終わったあと、こんなに離れて歩くのは、やっぱりいやだと思った。
あなたは今、夢を語っているのに。
自分なりのビジョン、自分なりの考え、いつか答えを出したいこと、必ず挑戦したいこと。
30を過ぎた、おとなの男の、抑制の効いたおとなの夢。
早足について歩いて行きながら、うなずいている。
街は、ひとであふれている。
どこから来て、どこへ流れる。
車のクラクション、路上ライブのギター、高音にブレのある歌声。そういったものが、あなたの話し声に入り混じる。
寄り添えない。
「内科医レイン。34歳。茶髪で、胸元にはテイファニーのネックレス。医者のくせにタバコを吸う。それを言うと、そんなこと、言われたことが無い、とうそぶいた。」
「専業主婦フィーネ。36歳。幼い子供が二人。会社員の夫と四人でマンション暮らし。染めていない長い髪。趣味は読書。料理も嫌いではない。はじめての浮気を終えたばかり。」
・・・街に、溶けている二人のデータ。
いわゆる「出会い系」で出会い、三ヶ月近く、短いメールを交換し、ようやく「直メ」の関係になったのは、二週間ばかり前。
34歳の未婚の医者である。「出会い系」なんかに登録しれば、女の子に不自由は無いでしょう、とたずねれば、素直にうなずく。
「だけど、医者だから、というだけで近寄られるのは、いやなんだ。」
仕事の話が続く。
街の喧騒の中、時々怒鳴るような声になる。寄り添って肩でも抱いてもらえば、こんな不恰好な会話にはならないだろうに。
それが、できれば。
横道から、いきなり自転車が飛び出し、そのときだけ彼の腕がわたしの肩を押さえた。
あなたがわたしに心を開くのは、わたしが「ハンター」では無いからなのね。
少しでも条件のいい伴侶を求めてさまよう女の子とは違うから。
そう、別にあなたがほんとうに医者でなくても、かまわないのよ。
そんなこと、全然かまわないのよ。
さっき、ベッドの上で溶かしあえた時間、裸のふたり、あれがすべて。
わたしは、あなたをつかまえない。
その権利がない。だからあなたは安心して、こうしてわたしに心を開く。
胸元のネックレスには、大き目のプレート。ひっくり返すと、何も書かれていない。
「いつか、ほんとうにいっしょに生きていこうと思うひとの名前を彫り込む予定。」
だから、今は。ただのゴールドプレート。
首筋から乳首に舌を這わせるとき、そっと息を吹きかけたのを、快感の波と遊び始めたあなたは知らないでしょうね。
ジェラシーというのでは無くて、そう、多分、ただのいたずらなんだわ。
夢の語りは続く。
駅が見えて来るまで。
「さよなら。またね。」
と微笑んだとき、
「クールだな。」
と、ため息をついていた。
だって、仕方ないでしょう。
あなたの腕にはつかまれないのよ。
あなたの夢には、寄り添えないのよ。
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