ボジョレー・ヌーボー
2004年11月18日 みじかいお話 ボジョレーを選ぶ指から酔っていく
「お酒が呑めなくても、生きていけるよ。」
そう言って慰めてはくれるものの、やはり恋人とこの季節に
ワインを楽しめないことを、彼は寂しく思っているだろう。
わたしだって、ほんとうは、呑んでみたい。
そして、いい気持ちに酔っ払って、素面のときなら絶対に言わないような言葉を、男の耳元でささやいてみたり、歩けなくなって、腕に甘えてみたりしたい・・・。
しかし、アルコールに弱いのは生まれつき。かす汁でも、チョコレートボンボンでも、赤くなるという情けなさ。
毎年、ボジョレー・ヌーボーの季節になると、未知の味覚を想像するだけで、うらやましくてめまいがしそうになる。
しかも、今年は、恋人がいる。
いや、恋人、って言っちゃっていいものか。まだ、手もつないだことが無い。
正しく言えば、二人きりで食事したことが、一度あるだけ。
そのときに彼がたずねてきたのだ。
「僕と、どうなりたい?」
少しいいな、と思っていたから、うつむいて答えられなかった。これが、まったく好みのタイプじゃなかったら、大笑いして相手の気をそらすところだ。「どう、って・・・。」小さな声でつぶやいてから、少し勇気を出して、
「逆に、あなたは、わたしとどうなりたいんですか?」
と、聞いてみた。緊張の余り、声が大きくなってしまった。
彼は、生まれつきの色白の頬を、少しだけ上気させて、でも、話し方も声もいつも通りの冷静さを失わないままで、
「少し・・・恋人、なのかな。」
と、微笑んだ。
そして、今、わたしは彼のすぐ近くにいる。
三宮から、ハーバーランド側を見ている。車の中で二人きり。
オリエンタルホテルの窓の明かりがまばゆい。神戸の冬は、乾いた空気に、やたらと光が織り込まれて始まる。クリスマスのオーナメントの似合う街。
突堤では、釣り人たちが糸を海に投げ込んでいる。
車内で言葉が途切れると、釣り人たちが、リールを巻く音がきりきり、と聞こえてくる。
暗い海は静かに、ひたひたと波立ち、陸からこぼれる灯を留まらせて、しなやかにゆらぐ。
わたしたちは、話をする。
お互いのことを何も知らないことに気が付き、今まで共有できなかった長い年月について話す。
二人の言葉は、それぞれが色の違う糸のよう、かわるがわる織り合わさって、一枚のタペストリーになる。
そして、何時間もそうしていて・・・・。
「だけど、今夜、どうして此処に連れてきたか、分かる?」
彼が優しい声でたずねる。
「・・・なぜ?」
ほんの少し緊張して、彼の横顔を見ると、ほっそりした顔に穏やかな微笑みを浮かべ、「ほら、あれ、見てよ。」と、海を指差す。
「あのね、きみとワインを楽しみたかったんだ。僕の選んだワインをね。」
まぶしいほど白くてしなやかな指の先には、ポート・タワー。確かに、ワインのボトルみたいだね。
「ありがとう。」
「気に入った?」
わたしは、笑って肯く。そして、思う。
たぶん、恋に、なる、と。
「お酒が呑めなくても、生きていけるよ。」
そう言って慰めてはくれるものの、やはり恋人とこの季節に
ワインを楽しめないことを、彼は寂しく思っているだろう。
わたしだって、ほんとうは、呑んでみたい。
そして、いい気持ちに酔っ払って、素面のときなら絶対に言わないような言葉を、男の耳元でささやいてみたり、歩けなくなって、腕に甘えてみたりしたい・・・。
しかし、アルコールに弱いのは生まれつき。かす汁でも、チョコレートボンボンでも、赤くなるという情けなさ。
毎年、ボジョレー・ヌーボーの季節になると、未知の味覚を想像するだけで、うらやましくてめまいがしそうになる。
しかも、今年は、恋人がいる。
いや、恋人、って言っちゃっていいものか。まだ、手もつないだことが無い。
正しく言えば、二人きりで食事したことが、一度あるだけ。
そのときに彼がたずねてきたのだ。
「僕と、どうなりたい?」
少しいいな、と思っていたから、うつむいて答えられなかった。これが、まったく好みのタイプじゃなかったら、大笑いして相手の気をそらすところだ。「どう、って・・・。」小さな声でつぶやいてから、少し勇気を出して、
「逆に、あなたは、わたしとどうなりたいんですか?」
と、聞いてみた。緊張の余り、声が大きくなってしまった。
彼は、生まれつきの色白の頬を、少しだけ上気させて、でも、話し方も声もいつも通りの冷静さを失わないままで、
「少し・・・恋人、なのかな。」
と、微笑んだ。
そして、今、わたしは彼のすぐ近くにいる。
三宮から、ハーバーランド側を見ている。車の中で二人きり。
オリエンタルホテルの窓の明かりがまばゆい。神戸の冬は、乾いた空気に、やたらと光が織り込まれて始まる。クリスマスのオーナメントの似合う街。
突堤では、釣り人たちが糸を海に投げ込んでいる。
車内で言葉が途切れると、釣り人たちが、リールを巻く音がきりきり、と聞こえてくる。
暗い海は静かに、ひたひたと波立ち、陸からこぼれる灯を留まらせて、しなやかにゆらぐ。
わたしたちは、話をする。
お互いのことを何も知らないことに気が付き、今まで共有できなかった長い年月について話す。
二人の言葉は、それぞれが色の違う糸のよう、かわるがわる織り合わさって、一枚のタペストリーになる。
そして、何時間もそうしていて・・・・。
「だけど、今夜、どうして此処に連れてきたか、分かる?」
彼が優しい声でたずねる。
「・・・なぜ?」
ほんの少し緊張して、彼の横顔を見ると、ほっそりした顔に穏やかな微笑みを浮かべ、「ほら、あれ、見てよ。」と、海を指差す。
「あのね、きみとワインを楽しみたかったんだ。僕の選んだワインをね。」
まぶしいほど白くてしなやかな指の先には、ポート・タワー。確かに、ワインのボトルみたいだね。
「ありがとう。」
「気に入った?」
わたしは、笑って肯く。そして、思う。
たぶん、恋に、なる、と。
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