ボジョレーを選ぶ指から酔っていく

  「お酒が呑めなくても、生きていけるよ。」

  そう言って慰めてはくれるものの、やはり恋人とこの季節に
 ワインを楽しめないことを、彼は寂しく思っているだろう。
  わたしだって、ほんとうは、呑んでみたい。
  そして、いい気持ちに酔っ払って、素面のときなら絶対に言わないような言葉を、男の耳元でささやいてみたり、歩けなくなって、腕に甘えてみたりしたい・・・。
  
  しかし、アルコールに弱いのは生まれつき。かす汁でも、チョコレートボンボンでも、赤くなるという情けなさ。
  毎年、ボジョレー・ヌーボーの季節になると、未知の味覚を想像するだけで、うらやましくてめまいがしそうになる。

  しかも、今年は、恋人がいる。
  いや、恋人、って言っちゃっていいものか。まだ、手もつないだことが無い。
  正しく言えば、二人きりで食事したことが、一度あるだけ。
  そのときに彼がたずねてきたのだ。
 「僕と、どうなりたい?」
  少しいいな、と思っていたから、うつむいて答えられなかった。これが、まったく好みのタイプじゃなかったら、大笑いして相手の気をそらすところだ。「どう、って・・・。」小さな声でつぶやいてから、少し勇気を出して、
 「逆に、あなたは、わたしとどうなりたいんですか?」
 と、聞いてみた。緊張の余り、声が大きくなってしまった。
  彼は、生まれつきの色白の頬を、少しだけ上気させて、でも、話し方も声もいつも通りの冷静さを失わないままで、
 「少し・・・恋人、なのかな。」
 と、微笑んだ。

  そして、今、わたしは彼のすぐ近くにいる。
  三宮から、ハーバーランド側を見ている。車の中で二人きり。
  オリエンタルホテルの窓の明かりがまばゆい。神戸の冬は、乾いた空気に、やたらと光が織り込まれて始まる。クリスマスのオーナメントの似合う街。
  突堤では、釣り人たちが糸を海に投げ込んでいる。
  車内で言葉が途切れると、釣り人たちが、リールを巻く音がきりきり、と聞こえてくる。
  暗い海は静かに、ひたひたと波立ち、陸からこぼれる灯を留まらせて、しなやかにゆらぐ。
  
  わたしたちは、話をする。
  お互いのことを何も知らないことに気が付き、今まで共有できなかった長い年月について話す。
  二人の言葉は、それぞれが色の違う糸のよう、かわるがわる織り合わさって、一枚のタペストリーになる。

  そして、何時間もそうしていて・・・・。

 「だけど、今夜、どうして此処に連れてきたか、分かる?」
  彼が優しい声でたずねる。
 「・・・なぜ?」
  ほんの少し緊張して、彼の横顔を見ると、ほっそりした顔に穏やかな微笑みを浮かべ、「ほら、あれ、見てよ。」と、海を指差す。
 「あのね、きみとワインを楽しみたかったんだ。僕の選んだワインをね。」
  まぶしいほど白くてしなやかな指の先には、ポート・タワー。確かに、ワインのボトルみたいだね。
  「ありがとう。」
  「気に入った?」
  わたしは、笑って肯く。そして、思う。
  
  たぶん、恋に、なる、と。

   
 

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