恋人がサンタクロース
2004年12月10日 内科医レインと人妻フィーネの物語ーツ・ナ・ガ・ル 恋人がサンタクロース 永遠に
その車のドアは、いかにもドイツ車らしくおそろしく重かった。苦労して開けて乗り込みながら、「どうして、車なの?。」とたずねると、「この後、研究会があるから、車の方が行きやすいんだ。」という返事が返ってきた。
運転席のレインを見るのは、初めてだ。
わたしたちの逢瀬、といえば、この地域でも特別有名な歓楽街の駅の前で待ち合わせて、猥雑な原色の光の海を泳ぐようにしてフラフラと歩く、そういうことしかなかった。たいていは街の灯りに素直に吸い込まれて、そのままホテルの一室に閉じこもってしまう。もしも時間が無くて、お茶だけを飲むことになっても、せわしなく自転車や酔客が行き交う商店街の古い喫茶店に入り、隣りのパチンコ屋の騒音を絶えず感じながら過ごすようなことばかりだった。
だから、今日は勝手が違う。
「なんだか、無口だね。」
「しゃべったら事故りそうな気がする。」
「割と運転は好きなんだけど。」
「車に乗れるなんて知らなかったもの。」
「いちいち言わないよ、そんなの。当然じゃない。」
信号待ちで、ふいに片手をつかまれる。
「逢いたかった。」
ほんとうに、久しぶりだ。この手の感覚。欲望をまったく感じさせない手の動き。初めて触れたときからそうだ。職業的な癖が出るのだと言った。脈を計り、血管の位置を確認する。それでわたしは面白がって、「翻訳する手」だと言ってやった。
「身体の中を、手のひらで読み取るのね。翻訳する、手。」
すると、レインはその後いきなり手を移動させて太ももにすべりこませたのだった。
「この後は、指の仕事。」
そして今も、信号が変わり、片手でハンドルを操りながら、片方の手はわたしのスカートの中にある。器用な指が、いい仕事をしている。自然に腰を浮かしてしまいそうになるのをこらえながら、初めて抱かれたときのことを思い出している。
あれは、彼が果てた直後だった。
まだ熱さの残る身体を持て余し、わたしは自分で自分の両方の肩を抱きすくめるようにして、ベッドに座りこんでいた。初めての浮気。そして、それが余りにも快感だったことがおそろしかった。そのときふいにレインが口を開いた。静かな声だった。心なしか、煙草の香が濃くなった気がした。
「・・・俺は、好きなひととしか、こういうことは、しないんですよ。」
「だけどわたしは・・・。」
セフレなんでしょうと言いかけた。
言えなかった。肯定されるのが、怖かったのだ。
もしも、わたしたちの関係が、恋であるなら、まさに恋が生まれたのは、あの瞬間だったろうと思う。
レイン、あれは桜の終わる季節だったよね。
ラブホテルの窓をむりやり開けて、柔らかくなり始めた、春の夜風を入れたわ。
たまたまそこに、桜の木があって、いっぱい桜蘂を降らせていた。
今は冬。
街のイルミネーションが綺麗。どうしてあんなに瞬くのだろう。赤く、青く、金色にも銀色にも・・・。
「どうしたの?泣いてるの?。」
レインの声はいつも優しい。指の動きもそう。
ねえ、レイン。
「恋人がサンタクロース」って歌を知っている?
あの二番の歌詞が好きだったのよ。
今も彼女を思い出すけど
あの日
遠い街へとサンタが連れて行ったきり
ねえ、レイン。
わたしもね、どこかにさらわれしまいたかったの。
大好きなひとに、どこかに連れて行って欲しかったわ。
たぶん、その想いは今もあるのよ。
だけど・・・。
「ごめん、レイン。気持ち良すぎて・・・。」
わたしは、静かに達する。涙をあふれさせる代わりに。
涙のわけを、ほんとは知っている。けれども、みじめになるから、言わない。
車が、高速下のホテルに着いて、レインはそっとエンジンを切る。うながされて自分で開けたドアは、さっきほどには重くない。
ドアの重みに慣れたのだ。
明日、家庭に戻り、わが家の車に乗るとき、あの国産のスモールカーのドアは、どんなに頼りなく感じることだろう。
わたしは、レインの肩にもたれる。優しい主治医の肩に。
さあ、セックスを楽しみましょう。
もしかしたら、最後になるセックスを。
独身35歳の内科医が、クリスマス前に人妻とこんなことをしていてはいけないのよ。
そろそろ、手を離してあげなくては、いけない。
その車のドアは、いかにもドイツ車らしくおそろしく重かった。苦労して開けて乗り込みながら、「どうして、車なの?。」とたずねると、「この後、研究会があるから、車の方が行きやすいんだ。」という返事が返ってきた。
運転席のレインを見るのは、初めてだ。
わたしたちの逢瀬、といえば、この地域でも特別有名な歓楽街の駅の前で待ち合わせて、猥雑な原色の光の海を泳ぐようにしてフラフラと歩く、そういうことしかなかった。たいていは街の灯りに素直に吸い込まれて、そのままホテルの一室に閉じこもってしまう。もしも時間が無くて、お茶だけを飲むことになっても、せわしなく自転車や酔客が行き交う商店街の古い喫茶店に入り、隣りのパチンコ屋の騒音を絶えず感じながら過ごすようなことばかりだった。
だから、今日は勝手が違う。
「なんだか、無口だね。」
「しゃべったら事故りそうな気がする。」
「割と運転は好きなんだけど。」
「車に乗れるなんて知らなかったもの。」
「いちいち言わないよ、そんなの。当然じゃない。」
信号待ちで、ふいに片手をつかまれる。
「逢いたかった。」
ほんとうに、久しぶりだ。この手の感覚。欲望をまったく感じさせない手の動き。初めて触れたときからそうだ。職業的な癖が出るのだと言った。脈を計り、血管の位置を確認する。それでわたしは面白がって、「翻訳する手」だと言ってやった。
「身体の中を、手のひらで読み取るのね。翻訳する、手。」
すると、レインはその後いきなり手を移動させて太ももにすべりこませたのだった。
「この後は、指の仕事。」
そして今も、信号が変わり、片手でハンドルを操りながら、片方の手はわたしのスカートの中にある。器用な指が、いい仕事をしている。自然に腰を浮かしてしまいそうになるのをこらえながら、初めて抱かれたときのことを思い出している。
あれは、彼が果てた直後だった。
まだ熱さの残る身体を持て余し、わたしは自分で自分の両方の肩を抱きすくめるようにして、ベッドに座りこんでいた。初めての浮気。そして、それが余りにも快感だったことがおそろしかった。そのときふいにレインが口を開いた。静かな声だった。心なしか、煙草の香が濃くなった気がした。
「・・・俺は、好きなひととしか、こういうことは、しないんですよ。」
「だけどわたしは・・・。」
セフレなんでしょうと言いかけた。
言えなかった。肯定されるのが、怖かったのだ。
もしも、わたしたちの関係が、恋であるなら、まさに恋が生まれたのは、あの瞬間だったろうと思う。
レイン、あれは桜の終わる季節だったよね。
ラブホテルの窓をむりやり開けて、柔らかくなり始めた、春の夜風を入れたわ。
たまたまそこに、桜の木があって、いっぱい桜蘂を降らせていた。
今は冬。
街のイルミネーションが綺麗。どうしてあんなに瞬くのだろう。赤く、青く、金色にも銀色にも・・・。
「どうしたの?泣いてるの?。」
レインの声はいつも優しい。指の動きもそう。
ねえ、レイン。
「恋人がサンタクロース」って歌を知っている?
あの二番の歌詞が好きだったのよ。
今も彼女を思い出すけど
あの日
遠い街へとサンタが連れて行ったきり
ねえ、レイン。
わたしもね、どこかにさらわれしまいたかったの。
大好きなひとに、どこかに連れて行って欲しかったわ。
たぶん、その想いは今もあるのよ。
だけど・・・。
「ごめん、レイン。気持ち良すぎて・・・。」
わたしは、静かに達する。涙をあふれさせる代わりに。
涙のわけを、ほんとは知っている。けれども、みじめになるから、言わない。
車が、高速下のホテルに着いて、レインはそっとエンジンを切る。うながされて自分で開けたドアは、さっきほどには重くない。
ドアの重みに慣れたのだ。
明日、家庭に戻り、わが家の車に乗るとき、あの国産のスモールカーのドアは、どんなに頼りなく感じることだろう。
わたしは、レインの肩にもたれる。優しい主治医の肩に。
さあ、セックスを楽しみましょう。
もしかしたら、最後になるセックスを。
独身35歳の内科医が、クリスマス前に人妻とこんなことをしていてはいけないのよ。
そろそろ、手を離してあげなくては、いけない。
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