冬桜  家族にも 遺族にもなれず

  「年が明けたら、また逢おうね。じゃ、仕事します!」

  レインからのメールは、深夜零時を回っていた。
  そういう時間に「仕事します」と言われて、返事は返しようが無い。だから、返信はしない。

  わたしは、そういうことにして、別れを切り出さない自分を納得させる。
  別れなければ、と思っても、自分から言い出すことができない。抱かれる前に決心したことも、抱かれてしまえば、すぐに壊れる。それは、まるで砂糖菓子のよう。少し舐めただけで、あっけなく崩れる。
  
  「愛してるよ。」

  この前は、なぜだろう、レインの方から口にした。
  いつもはそんなこと、まず言わないのに。久しぶりだったから?
  少し、弱気になってるのかな。
  もうすっかり慣れた手順で結ばれながら、わたしはふと年下の恋人の疲れを肌で読み取る。だけど、何かあったの?とたずねたところで、レインは何も答えないだろう。

  レインは、仕事の話をしない。

  まったくしないわけではないが、それは、たとえば中学生の女の子が退院してからくれた絵葉書に描かれていたことが、やたら親密でどぎまぎしたことだとか、「その筋」の人を入院中に担当したところ、後から大きな壷を贈られて対処に困ったことだとか、そういうことを明るく話すだけだ。メールにも、「忙しい」とか「泊まりが続いた」とか書いてくるだけである。それは、わたしに気を遣って、という理由よりも、プライベートでは明るく振舞いたい、という彼の哲学みたいな気がして、わたしは敢えて、重い話題を自分からは持ち出さない。

  もしも、わたしたちが相性が良くて、これだけ続いているのだとしたら、それは身体での方では無くて、こういう、気の遣い方にあるのかもしれない。今日のメールも、書き出しは、
 
  「寒くなってきたね。お子さんは、咳してない?」

  というものだった。
   次女が喘息なのをレインは知っている。以前、夜のにメールをやり取りしている最中に発作を起こしたからだ。
   そのときには、落ち着いて、まず加湿をするようにね、という指示を書き送ってきた。
  「できれば深呼吸をさせて、お水を飲ませてあげてね。」
    お礼を書き送ると、
  「お礼はいいから。ちゃんとしてあげてる?」
   と返ってきた。幸い、そのときの発作は大したことは無かったのだが、それからしばらくして、「オナニー指示」が同じような書き方で届けられたときには、少し笑ってしまった。
  「始めは優しく、ゆっくりだよ。パンテイの上からでもいいから」
  「そして、少しずつ脱いで。」
  「濡れてきた?ちゃんと触ってる?」
  大人のお遊びだと分かっていても、かなり刺激的ではあった。

  冬至ともなると、暖冬とはいえ、風は冷たくなる。レインは当直なのか、それとも、予想できない事態で深夜に勤務が及んでいるのか、どちらなのだろう、と考える。
  
  でも、考えたところで、わたしにできることは、何もないんだわ。
  
  寂しくなる。いつか彼が家庭を持てば、その妻は疲労して帰宅した夫のために、おいしいお茶を淹れるだろう。優しく微笑むかもしれないし、そっと背中から抱きしめるかもしれない。
  
  そのどれかひとつの行為があれば、言葉など不必要なのだろう。
  ケータイを眺めて、文字を打ち込もうとして、小さく首を横に振ると、わたしはため息をひとつ、つく。つながっていたい、だけど、言葉だけでつながったところで、それはレインを満たせるのだろうか。

   言葉って、なんて無力なんだろう・・・。

  
  

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