いつも、誰かが、一緒だった。
仕事の帰りに誘われた店に入って行くと、彼の隣には、必ず誰かがいた。
大抵は職場の誰か・・・彼と同じように、三十路過ぎの独身男が、誘い出した彼本人よりも、こっちに向かって大きく手を振り、出迎えた。
美青年が大体そうであるように、こういう場合、同席しているのは醜男である。でも合コンでは無いから、そういうことには拘泥しない。
こっちも、誰かと一緒のことが多かった。
わたしはお酒が呑めないから、大抵、アルコールに強い同僚に同行を頼んだ。
その方が、お酒の席は盛り上がるだろうと踏んでいたのである。
彼は、酒好きだった。
そして、歌を歌った。
その、カラオケで歌う歌というのが、少し普通とは違っていた。
加山雄三が十八番で、
「ぼくの妹なら・・・。」
と歌った後、必ずわたしに繰り返した。
「おまえは、妹だぞ、妹なんだから。」

その、「妹」であるはずのわたしに、どうしてあんなことをしたのか。
あのとき、薄暗がりの勝ったその店には、四人で行った。
カラオケの無いジャズバーで、呑めないわたしの前にも、金色のカクテルが置かれていた。アルコールが小道具として無くてはならないタイプの店で、客たちの静かな談笑が、ベースやトランペットの隙間から漏れきこえている。
彼が連れて来ていた同僚が、煙草を買いに外へ出た。
わたしの連れは、化粧室へ行っていた。
そのとき、ふいに顔が持ち上げられて、キスが降りてきたのだ。
「明日、この続きをしよう。」

わたしは、彼の待つ場所に向かっている。
人目につかない、川沿いの道の並木に車を停めて待っていると言った。
その車がどこへ向かうのかは知らない。
職場の廊下では、それ以上は聞けなかった。

妹。
しつこい位に繰り返していたのに。
今日から、いえ、夕べから、わたしは妹卒業、ということなのか。
彼にとって、わたしとは何なのだ。
そしてわたしは、彼のことをどう思っているのか。
兄。
いいえ。
しつこい位妹呼ばわりされて、なんとなくさびしかったのは、彼のことを、兄、などと思っていないから。
じゃあ、恋なのか。

逢い引きをべに花にだけ告げてゆく

河原に向かう坂道を登る途中、夕風にそよぐべに花の群れを見た。
落ちかけた太陽の日に照らされて、花々は黄金色に光っている。その色は、きのうのカクテルをおもい起こさせた。
酔ったのかもしれない、彼に。
そして、もう少し酔いたくて、わたしはフラフラとヒールを揺らして行く。
欲望というのが、女にもあるのだと、したら。

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