真実、という言葉がこれほど空々しく思われたことは無い。
目の前にあるのは、一本の紅筆。
そして、それは、恋人の滝のくるまの中に落ちていた物である。
そして、わたしの物では無い。
誰か、他の女が滝のくるまに乗った、そして、これを落としたのだ。
滝に女装の趣味でも無ければそういうことである。
滝と女がくるまの中にいたという事実を認めるのは、嫌。
別に、ちょっと、職場の女の子を送って行ったとか、そういうことなのかもしれない。
でも、少し助手席をあたためた位で、メイク道具を落とすだろうか。
メイクの道具を落とす、ということは、メイクを直さざるを得ないような行為があった、という解釈が一番妥当である。


毎日きちんと出勤し、きちんと仕事はこなしていた。
心の乱れが出ないように細心の注意を払っていたから、むしろいい仕事をしていたかもしれない。
不倫のオフイスラブを体験しているから、こういうときの気持ちのコントロールは上手なつもりである。
でも。
笑わなくなった。
笑えなくなった。
心の中には、いつも黒い雲がたちこめている。
いつ降り出してもおかしくない雨雲を抱えて生きているのだった。
たまたま、地区連絡会議で藤城がわたしの職場に来たとき、危うくその雨が降りそうになった。
「おう、元気か。・・・・うまくいってるか。」
藤城が口にしたのは、それだけだったのに。

わたしは、会議室の片付けをしていた。
だれかに言いつけられたわけでは無かった、たまたま気が付いたから、である。
入社してすぐの頃には、会議の後の片付けなど、新人の仕事だった。わたしのような入社六年めのやることでは無かったが、人手不足でこういう誰の仕事でも無い雑用をする人間がいなくなり、わたしは特に不満も無く黙々と湯飲み茶碗を集めていた。
藤城は一人で会議室に入って来て、にっこりと笑った。
「・・・あまり、元気そうじゃ無い顔だな。」
藤城も、白髪が増えたと思った。今、四十半ばだろうか。イワキコウイチに似ていると昔から言われているようだけど、確かに白髪の感じも似てきた気がする。
「寝不足かな。」
誰かに聞かれてもいいように、明るい声を出す。
「寝られないような悩みがあるのかな。」
「・・・乙女の悩みに乗っていただけるんですか。」
「いいよ、いつでもおいで。」
一瞬、今回の紅筆のことを打ち明けてしまいたい衝動にかられた。
わたしには、こういうことを相談できるような友達はいなかった。気軽に買い物に行ったり、お茶したり、という友達はいても、こういう、恋人とゴタついた話のできるような友達はいなかった。むしろこういう「不幸」を打ち明ければ、自分のいないときに、仲間で心配顔を装ってさんざん楽しまれてしまうだろう。
だから、そのときには、藤城に甘えたくなったのだ。
性的な意味で、求めたわけでは無い。
「どうした。」
「いいえ、べつに。」
無人の会議室で、藤城は次第に大胆になって、わたしの肩に片手を置いた。
懐かしい匂いがする。
わたしは、黙って動かなかった。
無言でうつむいたままだった。
恋人を信じたいけれど、信じられないんです、と心の中で話した。
問いただしたらいいんでしょうか。
それとも、このまま黙っていた方がいいんでしょうか。

ふいに、ぎゅっ、と抱きしめられた。
「かわいそうに、何を悩んでるの。」
男の声は落ち着いている。
「僕のところに来ればよかったのに。」
あなたには、ちゃんと港があるくせに。
「なにかの力には、なってあげたのに。」
いいえ、これは、滝とわたしの問題だもの。
次第に力が加わるのを感じながら、滝に、会いたい、と心の中で叫ぶ。
違う、この胸じゃ無い、わたしの場所はあなたの胸なのよ、滝さん。

そのとき。

静かにドアが開けられた。

大田が立っていた。

しばらく沈黙があった。
でも、それはわたしには、しばらく、と思われただけのこと。
本当はほんの数秒のことだった、大田が、静かに 、
「ご苦労様、です。」
と言った。
「さっきの資料を忘れたから・・・。」


その日、大田から内線電話が入り、一度ふたりで呑まないか、という誘いがあった。
もちろんわたしは断った。残業を理由に。
会議室で時間を取られてしまったから、実際、するべき仕事は溜まってしまっていた。
黙々とパソコンに向かいながら、もしもあのとき大田が来なければどうしていただろうか、と考えた。
藤城に身を預けていたかもしれない。
一体、わたしは何をやっているんだろう。

滝に会わなければ。
会って、不安を晴らしたい。

でも。
真実をたずねることが、不安を晴らすことにつながればいいけれど。
逆に、残酷な真実が存在するかもしれないのである。

雨の日に香水と乗る昇降機

残業の後、無人のエレベーターに揺られながら、
「抱いて」と思いを滝にぶつけたことを思い出していた。
結局、滝と逢えたのは、四人で呑んでから更に一週間後の夜になった。
誘いを入れて来たのは滝の方なのに、この日はどこか機嫌が悪かった。
わたしは、いつもと同じように、会社の誰彼の話をしてみたり、滝の仕事について聞いてみたりしてみた。
滝は、最近まで勤務していたわたしのいる支社の人間の近況を聞くのが好きそうだったから、わたしは、次々にいろいろな人物をとりあげては話をすすめた。
でも、沈黙がふたりの間を支配する時間が多くなりがちで・・・。
恋人同士の沈黙には二種類ある。
甘い沈黙。キスへつながる時間。お互い相手を求める気持ちが無口にさせて、紡ぎだされる沈黙。
そして、苦い沈黙。
話をしても長続きせず、気まずさだけが見えない堆積物となって、ふたりの間を埋めていく。
そして、今の二人の間の沈黙は・・・。
気まずいもの、なのだった。

なぜか、話をしなくとも、お互いの想いが分かる。
滝とわたしには、そういう部分があって、いいときには最高の組み合わせとなり得るけれど、悪いときには救いようが無い。
わたしは、実はもうそろそろかな、という予感を感じながらやって来たのだった。
ふたりの間の決定的瞬間。
プロポーズのとき。
誘いの声が、なんとなく硬かったのは、緊張のせいではないかと思っていたのだが、今夜に限っていえばそうではなさそうである。
「今夜は、帰るね。」
わたしはなるべく気軽に聞こえるようにそう言った。
「そう、するか。」
明らかにほっとした声だった。
その、くつろいだ声がわたしを苛立たせた。
離して、あげない。瞬間、そう決める。
「おやすみなさい。」
口先ではそう言ってのけ、唇を近付けた。
そして、そのまま彼の頭を抱え込むようにして、長い長いキスをつくった。
そして彼のかたい腕を静かに胸に引き寄せてゆく。薄い夏服の上から、次第に男の力が増していくのを感じたら・・・もう、離れられない。
わたしは、哀しくほくそえみながら、彼を受け入れてゆく。


多分彼の意に反して、激しいひとときになった。
同居している両親を起こさないようにして、自分の部屋に帰り、鏡をみるとずいぶんと口紅が乱れていた。
恐らく滝の体中に、わたしの紅が移っていることだろう。
首筋、胸、そして・・・もっと、下の部分。
体中が熱い。
わたしは、窓を開けた。
夜風が、くちなしの香を運んでくる。


梔子の白陶然と夜の中


その柔らかな甘い香をしばらく楽しんでから、窓を離れる。
と。
そのとき、ことん、と乾いた音がして、フローリング式の床に何かが転がった。
紅筆である。
さっき、滝のくるまの中で落としたのだろう。
彼に押し倒されたとき、ポーチがシートから落ちたから。で、服に引っ掛かったのだ。
でも。
その小さな筆を、コスメポーチに仕舞い込もうとして、わたしは思わず息を呑んだ。

違う。わたしのじゃ、無い。

筆を夢中でテイッシュにこすり付ける。
残っていた紅の色は、わたしのとは似ても似つかない、濃いピンク色をしていた。
誰の。
滝のくるまの中に、どうして他の女の唇を彩る道具があるのか。
夜の中。
梔子は、もう甘くない。
大田から、内線電話で誘いがあった。
この頃なぜかわたし個人のケイタイ番号を知りたがっているふしがある。もちろん教えていないが、
「どうして、滝には教えて、オレには教えないんだよ。」
と言われた。
この人は、滝とわたしの関係をまだ知らない。滝は何も話していないらしい。
大田にしてみれば、以前よく呑みに行った二人の男は、わたしにとって同位置にあるということらしい。
それとも、わたしは滝に片想いをしていることになっているのだろう。なかなかその想いを言い出せないでいるみたいだから、一肌脱いでやってもいいと思っている・・・そういうところか。
全く三十五だったか、六だったかのくせに、ひとのことなど構っておらずに、自分を何とかしろ、って感じ。
でも、大田の、丸い顔や、かつらかも知れないという噂のある妙に整ったヘアスタイルの頭をみていると、こういう男に性的魅力を感じてついて行く女が現れるとは、到底思えない。
悪い男では無いのだが。
社内旅行の幹事などさせれば、ピカ一である。
よく気が付くし、飲み物、食べ物、バスの中でのゲームから音楽にいたるまで、至れり尽くせり。人当たりもいいし、論争嫌い。大声を出すのを聞いたことが無い。
その、大田からの誘いである。
勿論、ふたりきりでは無い。
そういうことなら、こちらから丁重にお断り申し上げる。
大田と呑むとしたら、滝と一緒の場合だけ。
最初に滝と抱き合ったとき水を差されたことを怨んでいるわけでは無い。でも、忘れた訳でもない。
あのとき、妙に女性的なカンの働くこの男が、わたしたちの密会をかぎつけていたとも限らないのである。
ハッキリ言えば、邪魔をするつもりで、素知らぬ顔を決めて電話をして来たのかも知れないのである。
大田が、もしかして、わたしに気があるとしたら。そういうことも考えられた。
郷村のように、勝手に付き合っているなどと言いふらされては困る。
生理的に、嫌。

待ち合せ場所に着くと、滝と大田は先にビールを飲み始めたところだった。
二人の男が間を空けたので、自然にそこへ座る。
小柄なわたしには、多少座りにくいその場所へ着き、グラスにビールが注がれる。
「お前、相変わらず呑めないんだな。」
滝は、しばらく会っていない先輩社員の声で言葉をつくる。
「ええ。・・・でも、少し、いただきます。」
「元気か。」
「はい。」
実際、十日ばかり会っていない。
郷村のことを問いただそうかとも思ったのだが、恋人を信じることを選んだ。
ふたりきりのときの、熱い息遣い、激しいキス。
甘い声が、お前、では無くて、あなた、と呼ぶのだ。
滝が欲しい。
こんな呑み会は早々に引き上げるのだ。
そして、ひさしぶりに・・・。

しかし、甘い妄想はそこで断ち切られた。

居酒屋の扉が開けられ、大田がその方に大きく手をあげる。
郷村俊枝が、立っていた。微笑んで。

わたしたちは、四人。
そのメンバーは、かつてよく遅くまで呑んでいた、仲間、のはずである。
でも、もう違う。
わたしは、滝の妹じゃない。
妹だぞ、妹なんだから、と、滝が繰り返して言うのを、郷村はいつもどんな顔をして聞いていたのか。
酒のせいでますます赤みを増した顔を、満足そうに微笑ませていたのでは無かったのか。
でも、お生憎さま。
滝は、もうわたしの男だわ。

みんな、老獪であった。
一組の恋人同士の傍らに、男の方に狙いをつけた女がいて、女の方にも、想いを寄せた男がいて。
でも、表向きは、ただの同じ会社で気の合う仲間が、呑んでいる。
笑い、他愛無い噂話を繰り出し、唄い・・・。
夜はふけていく。

水色の硝子に辛き酒光る


酔えない身体に生まれたことを、心底怨みたくなる夜が、更けていく。
ずっと無視してきた藤城からの電話だが、ふいに話してみる気になった。
朝、更衣室で聞いた噂話が、気分を苛立たせていた。
その会話の環の中に入っていなくてよかった。
わたしは、その話の外にいて、横から耳に入れる形になり、顔色が変わるのを同僚たちに見られずに済んだのだった。
「滝さんって、彼女いるんだって、知ってた。」
滝の名前を聞いただけでドキリとする。
まして、彼女、云々。
最初に思い浮かんだのは、会話がこちらに向かって来るという成り行きである。
滝の彼女、は、自分なのだから。
ところが、話は、思いも寄らない方角へすすむ。
「あのひと、郷村さんとできてるらしいよ。」
話しているのは、入社して一年ばかりの社員である。
その周りにいるのも、若い社員たちばかりである。
もちろん、郷村俊枝の姿は無い。
「まさかあ。」
信じられない、というのが、大方の反応である。
郷村は、滝が転勤して来る前からこの営業所にいるから古株だし、何かと仕事上の関わりは多かったけれど、誰しも、それだけだと思っていた。
もちろん、わたしも。
その証拠に、まだ滝と今のような関係になる前、四人で呑んでいたときにも、わたしには、エッチなジョークを飛ばしてみたり、戯れに身体を触ったりしていた滝が、彼女にはそういうことを一切していなかった。
「でもねえ・・・本人が、そう認めているのよ。」
「滝さんが・・・。」誰かがたずねる。
わたしは、おもわず息を呑んだ。
「ううん。郷村さんが。」
たまたま昨日いっしょに残業になり、郷村に何気なく、「彼氏はいるんですか」とたずねてみたところ、
「いるような、いないような。付き合いは、長いんだけど・・・。」
という返答で、なおも問い詰めると、滝の名前が出たという。
寝耳に水、である。

勿論、そんな話は信じない。

自分の机に向かうときに、何気なく郷村の姿に目を留めて見たが、赤ら顔で、長い髪を後ろでひとつにまとめ髪にしているのは、ただ背が高いだけの田舎くさい三十女にしか見えない。確か、家にも田畑があり、父親と兄は中学の教師をしていると聞いている。仕事もさほどめだってできる方では無い。
ばかげている。
あんな女が、滝と並んでも、つりあわない。
大体、滝は、「いっしょに連れて歩くときには、やっぱり美人がいいよな」と常に言っていた。
ありえない、それに滝とは、二日前に愛し合ったばかりだもの。
自分に言い聞かせながら席についたとき、机の上のメモに気が付いたのである。
「本部の藤城課長まで、電話してください」

藤城の用事は純粋に仕事のものであった。
本部の「苦情受け付けセンター」という部署にいるので、要訪問と思われる顧客のところには、各営業所から担当員が出向く。
藤城が言ってきたのは、そういう相手のところへ行って欲しいということだった。
「保険を解約したくて、払い込み料を差し止めておいたのに、銀行引き落としが間に合わなかったらしい。」
生保ではよくある話である。
「ただ、どうも、その保険解約にいたるいきさつでトラブったらしい。ちょっとデリケートな相手みたいだから、君に頼みたいところなんだ。」
実は、わたしはそういうトラブルを解決するのは割に得意である。
徹底的に相手の言い分を聞いて、こちらの言い訳めいたことは一切言わない。心がけはその位のことなのだが、不思議に今までうまくいっている。
ただ、藤城の、
「で、きみのところで誰が担当して問題になったかって言うと・・・郷村、って子らしい。」
という言葉を聞いて、声色を変えてしまった。
「どうして、わたしが、あの人の後始末をしなくちゃいけないんですか。」
滝とできているなどと、嘘を後輩に広めるような女の仕事の不始末。どうしてわたしがやる必要があるのだ。
藤城は、しばらく黙った。
わたしのきつい口調に戸惑っている様子だった
が、やがて一言、
「・・・滝、がらみか。」
と、言った。
カンのいいところが、よくも悪くもわたしを悩ませる男であった。

陽炎に緋色の胸を見透かされ
職場から滝の姿は消えた。
でも、わたし個人の携帯に、滝からメールが入るようになった。
どちらかの車でドライブをした。
海を見て、映画へ行って、お茶を飲み。
そして、抱き合う。
ただ、顔を合わせている間、一体何を話していたのだろう。
あの頃の思い出はまるで無声映画のようだ。
仕事のこと。
あるいは、共通の知人の噂話。
よくよく思い出せば、何かは思い出せる。
でも、言葉を拾い集めるよりも、愛し合ったときのしぐさのひとつひとつ、キスの瞬間たち、そういった記憶を探る方がはるかにたやすい。
わたしたちは、ひたすら愛し合った。
まるで、のどの渇きを抑えるように彼はわたしを求めた。
そして、わたしは、与えられるだけの全ての身体の言葉を駆使して、彼に尽くした。
あるいは、尽くされていたのは、わたしの方だったのか。
彼はいつも、とても疲れているように見えた。
新しい仕事のせいだろうと思いながら、なぜか不安がいつも胸から離れない。
かつて、藤城を愛しすぎていた頃、藤城がわたしに見せた表情と、今の滝の消耗した顔付きが、なぜかダブって感じられる。
家庭を捨てることはできず、けれども、離れられない女がもう一方にいる。上手にバランスを取れると思っていても、ふいに、傾くことがある。傾きかけたものをまた水平にもどすのは、実は相当疲れるものなのだ・・・。
でも、滝は、違う。
彼には、わたししかいないはず。

おもわず、離さないで、と叫んでしまったとき、
どうしてあんなに苦しそうな顔をしたの。

身体同士の相性というものがあるのだとしたら、ふたりの組み合わせは最高だ。
でも、そのことさえ、なぜか不安にさせる。

遠雷を裸の胸に引き寄せる

結婚、という言葉がいつまでも出ない。
それが、不安。
あるいは、愛すれば愛するほど、不安はかさ高くなるものなのか。
恋人同士として、もっとも楽しいはずの季節を、なぜかとても苦しい思いで過ごしていた。

唇を合わせた瞬間に、強いアルコールの匂いがした。
酔わなければ抱けないというわけでも無いだろうに。
それが不快というのでは無い。
むしろ、彼の酔いがこちらに移ってくればいいのにと思う。わたしも、酔いたい、力まかせに。
キスが続く。
ながいながいキス。
わたしたちは、車の中にいた。
そして、梅雨の、静かな雨に包まれていた。
濃い紫の紫陽花を思わせる夜のそらの色が、彼にきつく抱きしめられたときに目に映った。
雨は見えない。
ただ、車の窓をいくつも、いくつも、雫たちが滑る、それだけは見える。
「場所、変えようか。」
キスの途中、彼の声はかすれている。
「いいえ・・・あなたさえよければ。」
ここで、いい。
ここが、いい。
高まりを、殺したくなかった。
雫たちは、わたしの身体の中にも流れ出し、止められそうにない。
彼の指先が、まるでそのことを知っているように、ふとももをのぼってゆく。そして、キスは、首すじから胸元へおりていく。激しく打ち続く脈を確かめるように、ゆっくり。
わたしは、彼の頭の後ろの髪が、かすかに巻き毛になっているのを知る。そして、その一束を無意識に弄びながら、彼の指を迎え入れ、そして、無意識に声を立てる。
声が男に何かのゴーサインを与えたのだろうか。
ふいに、身体にからみついた腕がおそろしい力で離され・・・次の瞬間、足がむき出しになるのを感じ、間をおかずに、男を迎え入れてしまったのを覚える。
彼が、暴れている。
わたしは目を閉じている。
こういうことだったのか、と思う。
意外なことは何もない。
ずっと前から分かっていたことが、今、身の上に起きている。
そしてそれは、幾分厄介なことに、とても、とても、気持ちがいいのだった。
彼とははじめてだけど、男ははじめてでは無い。
でも、そういう、いわば「体験しているから」という理由で、こういう行為が気持ちがいいと感じるわけではないような気がした。
自分が持っていない快感のパーツは全てひとつ残らず彼にあって、今、わたしへとあらあらしい奔流になって与えられているのだ。
瞼の奥に、いくつ、稲妻が走っただろう。


水蜜の押せば崩るる恥ずかしさ

何も考えたくない。
何も考えない。

やがて、身体の汗をぬぐいながら、独り言のように彼がつぶやく。なぜか、淋しそうに。
「あなたに、惹かれていくよ・・・怖いくらいだ。」
そっと、キスを返してやる。
「わたしも・・・。」

でも、惹かれ合い、結びついたものが、かならずしもずっとそのままでは無いということに、気が付くべきだった。
少なくとも、彼の、怖い、という言葉にもう少し注意をはらうべきだったと思う。

滝に転勤の辞令がおりたのは、藤城に会った十日ほどあとだった。
新しい営業所が開設されることになり、その準備委員として、ということであり、栄転であった。
滝にすれば、三十半ばを前にして「勝ち組」に入れることが見えてきたということになる。辞令がおりたときから、心なしかうきうきしているように見える。
「いろいろ世話になったな。元気で。」
あっさりとそんな風に言って、肩をポンと叩いて・・・実に普通の反応で別れの言葉をくれる。
「落ち込むなよな、おれが誘ってやるから。」
と言ったのは、大田という、例の呑み友達である。
「これからも滝とは呑むだろうからさ、そしたらまたおまえにも声かけるから。」
「そうですね、また・・・四人で。」
もう一人、女性メンバーも固定しつつあった。
わたしのふたつ上の先輩社員、郷村という。地味であまりしゃべらない方だが、酒には強かった。わたしは下戸だから、呑み会のあと、彼女を家まで送っていくこともある。郷村が誘われるのは、大田が誘うからで、わたしは内心、大田は郷村に気があるのではないかと思うことがあった。
キスの一件があって以来、滝から誘うことは無かった。
正直、滝のことを、本気で好きになっている。
だから本当は二人きりになりたい。
でも、一度、そのラインを飛び越えずに機会を逃してしまうと、もうこちらからは誘えない。
誘いをかければ、即、関係を持ちましょう、ということに受け取られるだろう。
以前の恋人であり、不倫相手だった藤城の「その気にさせる女」という言い方にもこだわりがあって、わたしは滝にどうしていいのかわからなくなっていた。
だから、なのか、しかし、なのか。
滝への想いは、わたしを包むあらゆることを制圧しつつある。
順序が逆だった・・・ある人のことが気になり出し、その人しか見なくなり、四六時中その人のことだけを考えるようになって、それから。
あの、キスがあればよかったのだ。
いくところまでいけばいい、そう強気になっても、相手がそういう気持ちならば、の話である。
ひとりで暴走しても、仕方が無い。
はじめての恋じゃ無いんだから。
「そう・・・。また、誘ってくださいね。」
大田の、アンパンを思わせる丸く太った顔にそう答えたのは、これっきりになるのが恐ろしかったからである。
会えなく、なるのが。
毎日同じ職場にいて、おなじ時間を重ねること。
それが、どんなに貴重だったか。
わたしは、今の営業所に配属されて、まだ一年も経っていない。
最初の頃、うまくなじめないでいたときから、滝は気軽に声をかけてきた。わたしの服をほめ、高いヒールをからかい、コピーとりを押し付け、顧客に出したお茶を絶賛し・・・。
そして、妹みたいだな、といったのである。
多くの女性社員はわたしよりも若い。
その中で、妹呼ばわりされるのは気恥ずかしかったけれど、滝がそういう態度をわたしにとることで、周囲も気軽に接してくれるようになった。
転勤してすぐに職場でのアイデンテイテイーができたのは、彼のおかげだった。
もうすぐ、会えなくなるんだ・・・。
言い知れぬ淋しさが、仕事の手を止める。

そして、彼が去る日は、あっという間にやってくる、何もできないうちに。
最後に、なぜか社内で二人きりになった瞬間があつたのは、なぜだろう。
しかも、エレベーターの中で。
わたしが乗り込んで「閉まる」ボタンに手を伸ばしたとき、両手にフアイルをいっぱい抱えて、滝が飛び込んできた。
彼のつけているダンヒルのコロンの香が苦しい。
「このまま・・・。」
箱が動き出し、ふいに口を開いたのは、彼の方である。
「このまま・・・屋上にでも行って、しようか。」
ドキリとして顔を見る。
彫の深い顔は微笑んでいる。
「お望みならば。」
そう言ってやり、こちらも笑う。泣き顔にならなければいいけれど。
エレベーターをさきに降りるのは彼の方だった。
フロアに着くと、背中で「開ける」ボタンを押しながら、一言。
「いい子だったな。いろいろありがとう。」
なぜか、ふいに、
「待ってください。」
と言っている。
今しかない。
わたしは、胸ポケットからメモを取り出し、ペンを走らせる。そして、
「お餞別ですから。」
と、彼のスーツの上着にメモを押し込む。


夕顔や日の移ろひをひたと受く
わたしは、ただこのままでいたくない。
「抱いて」
メモにはそう走り書きしてある。
顧客からのかなり複雑な問い合わせに答え、ようやく相手を納得させて受話器をおくと、出し抜けにまたベルが鳴った。
「もしもし、・・・藤城です。」
ほんとうは、もしもし、の第一声だけでわかって、次の瞬間切ってしまおうかと思ったのだけど、ついさっきの顧客とのやりとりで疲れた耳には、聞きなれたその声が心地よくもある。
「今日、ひさしぶりにお茶しないか。」
職場の電話なので、周囲が気になってすぐに返事できないのをいいことに、
「じゃ、待ってるから。」
一方的に切られる。

約束の場所までは自分の車で向かう。
でも、店の前までは乗り付けない。
国道沿いのその店の裏手の畑の脇に駐車する。
妻子持ちと逢い引きするのには、多少の心配りが必要なのである。
藤城と出会った頃は、そういう「妻子持ちならでは」の心配りが哀しくもあり、また少し自虐的な快感もあり、といった感じだったのだが、今はもうそういうひりひりしたものは無い。

相手はもういつもの隅の席に座り、業界紙をめくっている。文字を追うのなら、まだ夕暮れのかすかに残る窓際の席を選べばいいのに、そうはしない。
「で、今度の彼氏は、滝、か。」
アイスコーヒーが来てすぐに、そう切り出される。
「どうして。」
「きのう、彼が本部に来た時、少し話した・・・そう心配しなくても、仕事の話だよ。きみのことは、ほかの社員の話と一緒に少し話題にのぼっただけだから。それとも。」
そこで彼は、いたずらっぽい目つきをする。
「きみには近付くなよ、とでも言っておいた方がよかったかな。」
「でも、どうして。」
言いかけてからしまった、と思う。
「どうして、きみの今度の相手が彼だとわかったかって・・・。なんとなく、かな。彼の、きみのことを話したときの目、とか。」
彼がこのひとの前で、わたしをどんなふうに話したのだろう。
知りたい。
その言い方、口振りで、彼のわたしへの想いがどんなものかわかるのではないだろうか。
知りたい、彼の気持ちを。
でも、さすがに、かつて夢中だった男に、そんなことは聞き出せない。
相手もそれが分かっている。かつての上司であり、恋人。こちらの性格も身体も隅々まで分かった気でいる。
「でも、わたしたちは、別にお付き合いしましょうね、と言ったわけではないし。」
ただ、キスをしただけで。
邪魔な電話が入ったから、それ以上にはならなかった。
「・・・言葉で、交際宣言しないまま始めなければ、お付き合いにはならないってことか。」
藤城とは、残業時間にコーヒーを煎れているとき、給湯室でふいに抱きしめられてはじまった。
考えてみれば、滝とのことと、はじまりはよく似ている。
「きみは彼に恋しているんだな。ともかく。」
「そんなこと・・・。」
「それをまだ自覚していないということかな。でも、オレは淋しいよ。きみの心がよそへ行っている。」
わたしは黙った。
妻と子がいて、こういうことをサラリと口に出せることが改めて不思議だった。
「きみはなぜか、男をそそるものがある。きれいだし・・・スキがある。
だから、ふいに食べたくなるんだ。男にばかり罪を着せてはいけない。」
「だから・・・彼のことも、許してやれよ。」
「それは・・・。」
それは、彼が気まぐれでわたしとそういうことになったということ、なの。
恋、ではなくて。
「彼は、あなたとは、ちが・・・。」
あなたとはちがう、と言いかけてやめたのは、もしかしたら同じかも、という気がしたからだ。
それは、はじまりかたが似ているということだけでは無い。何か、その、わたしに男をそういうことに駆り立てるものがある、という意味合いにおいて。
「ともかく、彼には、余り期待しない方がいいと思った。何を期待するかって・・・将来のことなど、さ。きみたちがどういう出会い方をしていても、結果的には家庭の匂いをつくれないと思うよ。
・・・ヤキモチだと思ってもらっていいけど。」
出会い方。
このひとは、滝とわたしが、職場ではじめて出会ったのではないことも知っているんだ。
「・・・わたしは、あんなふうに出会ったから、素直になれないんだとおもうのだけれど。彼はわたしのことを、妹だと言い続けていたし。」
藤城は微笑んだ。
「まあ、なにか悲しいことがあったら、オレの胸においで、ってとこか。」

藤城とは、キスもなく別れた。
呼び出されたときは、身体が目的かと多少身構えていたが、考えてみれば、藤城には妻がいる。妻を抱けばいい。
滝のことを想う。
藤城とのことは、いくら隠しても社内で多少噂になったのだろう。滝も知っているのだ。
軽く見られているのかもしれない。
だも、品行方正な女に見られるよりも、その方が素敵なことに思えた。
少なくとも、滝から見たら。


芥子乱るるいかがわしさを愛すべし

いくところまで、いってやろうか。
傷を感じながら思う。
とにかく、車を移動させよう。
助手席に乗り込んだわたしに、彼はまず、そう言った。
人口十万足らずの町では、どこで誰が見ているか分からない。
ふたりとも独り身だから、別に構わないのに。

ともかく車は走り出す。

どこへ行きますか。

珍しく敬語でたずねられたので、相手も緊張しているのかなと思う。

わたしは答えない。

言葉が出ない。
さっき、この車に向かって歩いて来た時に胸に渦巻いていた渇望感が薄れている。
こういうのは、違う。
こころのどこかで、アラームが鳴っている。

そのとき、彼の携帯が鳴る。

まるで、わたしの気持ちのアラームが、現実の音になったみたいに。
「うん、また、少ししたらかけるよ。」
そして、
「昨日のあいつが、また食事に誘ってきたんだけど・・・どうする。」
わたしは迷わず、
「行きましょう。二人揃って現れたら、変に思われるかもしれないけれど。」
と、答える。
五つ年上の三十男が、なぜかほっとしているのを感じる。だから、少しつまらなくなって、
「帰りは、送ってくださいね。」
と、宿題を押し付けた。


わたしたちは、同じ会社の同僚としての何時間かを、三人でつかう。
食事して、呑んで、歌って。
ただ、彼はもう「妹」の歌は歌わない。
もう一人の男がトイレに立つと、ほかの客たちの目を盗むようにして唇を重ねてくる。
そのことが、きのうと違う。
そして、何度もキスをするうちに、また渇望感が胸の奥で生まれてくる。
キス。
口は、気持ちを伝えるための器官なのだった。
それは、言葉を生み出すという意味だけでは無いのだと、知る。
わたしたちは、唇で、幾つもの、幾重もの感情を相手に流し込み合う。
そして、口は、何かを食べるための・・・。
宿題の時間が待ち遠しい。

でも。
彼の腕が、わたしを抱きながら、リクライニングシートを倒そうとしたときに、また携帯が鳴る。
無視。
でも、止まらない音が、狭い空間を満たしていく。

彼が、ため息をついて電話をとる。

わたしたちは、そのままその日は別れた。
電話をかけてきたのは、さっきいっしょに食事をした男である。
もう少し呑みたいので、付き合わないかという誘いだった。
そこにもついて行くのは不自然過ぎるから、わたしはそっと、髪をなおし、彼の口元の口紅をぬぐって、おやすみなさい、と車をすべり出る。

おやすみなさい。

自分の車に乗り込み、エンジンをかけると、ヘッド・ライトの中に、胡瓜の花が浮かび上がった。
新興住宅地の庭先で、育てているものらしい。



発情の色は黄色の胡瓜咲く


花をつければ必ず実る、植物がうらやましい。
なんとなく、まともな恋はできない予感に襲われる。
いつも、誰かが、一緒だった。
仕事の帰りに誘われた店に入って行くと、彼の隣には、必ず誰かがいた。
大抵は職場の誰か・・・彼と同じように、三十路過ぎの独身男が、誘い出した彼本人よりも、こっちに向かって大きく手を振り、出迎えた。
美青年が大体そうであるように、こういう場合、同席しているのは醜男である。でも合コンでは無いから、そういうことには拘泥しない。
こっちも、誰かと一緒のことが多かった。
わたしはお酒が呑めないから、大抵、アルコールに強い同僚に同行を頼んだ。
その方が、お酒の席は盛り上がるだろうと踏んでいたのである。
彼は、酒好きだった。
そして、歌を歌った。
その、カラオケで歌う歌というのが、少し普通とは違っていた。
加山雄三が十八番で、
「ぼくの妹なら・・・。」
と歌った後、必ずわたしに繰り返した。
「おまえは、妹だぞ、妹なんだから。」

その、「妹」であるはずのわたしに、どうしてあんなことをしたのか。
あのとき、薄暗がりの勝ったその店には、四人で行った。
カラオケの無いジャズバーで、呑めないわたしの前にも、金色のカクテルが置かれていた。アルコールが小道具として無くてはならないタイプの店で、客たちの静かな談笑が、ベースやトランペットの隙間から漏れきこえている。
彼が連れて来ていた同僚が、煙草を買いに外へ出た。
わたしの連れは、化粧室へ行っていた。
そのとき、ふいに顔が持ち上げられて、キスが降りてきたのだ。
「明日、この続きをしよう。」

わたしは、彼の待つ場所に向かっている。
人目につかない、川沿いの道の並木に車を停めて待っていると言った。
その車がどこへ向かうのかは知らない。
職場の廊下では、それ以上は聞けなかった。

妹。
しつこい位に繰り返していたのに。
今日から、いえ、夕べから、わたしは妹卒業、ということなのか。
彼にとって、わたしとは何なのだ。
そしてわたしは、彼のことをどう思っているのか。
兄。
いいえ。
しつこい位妹呼ばわりされて、なんとなくさびしかったのは、彼のことを、兄、などと思っていないから。
じゃあ、恋なのか。

逢い引きをべに花にだけ告げてゆく

河原に向かう坂道を登る途中、夕風にそよぐべに花の群れを見た。
落ちかけた太陽の日に照らされて、花々は黄金色に光っている。その色は、きのうのカクテルをおもい起こさせた。
酔ったのかもしれない、彼に。
そして、もう少し酔いたくて、わたしはフラフラとヒールを揺らして行く。
欲望というのが、女にもあるのだと、したら。
夏の制服は、胸元が割に大きく開いていた。
いわゆる「開襟シャツ」というしろもので、年頃だけに、男の子たちの視線はかなり気になった。
彼女がその胸元に、大きなバンソウコウを貼り付けてきたのは、衣更えから三日ばかり経ってからだった。
ちょうど襟のブイ字ラインの先端あたり、胸元ギリギリの場所である。
「どうしたの。」
とたずねると、
「蚊に食べられちゃった。」
という答えだった。
あたしには。

「あれさあ、彼氏、でしょ。」
という真相は、他のクラスメイトから聞いた。
「えっ、あたしには、蚊、だって言ったよ。」
すると、そのクラスメイトは、なぜだか少し気の毒そうな表情になった。
「うん。あんたにはそう言うかもね。刺激が強すぎるでしょ。あんたには、まだ。」
「そう、かな。」
彼氏につけられたキスマークを隠すために、バンソウコウを貼る。
それが、そんなことぐらいで、たじろぐほど子供じゃないつもりだけど。
第一、彼女の彼氏だって、同じクラスの男子である。
相手が大学生だとか、せいぜい上級生ならばともかく、付き合っている相手まで分かっている相手に「真相」を隠しても仕方が無いではないか。
なんとなく、見くびられたというか、バカにされたというか、妙につまらない気持ちだけが残った。

もし、あのとき、「彼氏」と偶然会わなかったなら、そのことは、それだけで終わったかもしれない。
でも。
その茂みから彼が現れたときはびっくりした。
放課後だった。
学校の横にある神社の森で、置いていた自転車を引っ張り出したとき、ふいに彼が出て来たのだ。
「おまえ、なんでこんなところに自転車とめてんだよ。」
「今朝、遅刻しそうになったから・・・。」
「そっかあ。自転車通学できないところに住んでんだったな。」
校則で、学校から三キロ以内に家のある者は、自転車通学はできないと決められている。あたしの家は、三キロギリギリのところにあった。
堂々と自転車置き場にとめられないから、学校の近くにとめている。
「あなたは。」
「オレもおんなじ。」
彼も同じ用事で神社の森に来ていた。

そのときには、その後の展開まで予想していたわけでは無い。
あたしは、それほど腹黒くないつもりだ。
でも、神社の森で過ごす時間が少しずつ長くなり、なぜかお互い時間を合わせるようなことになり、そして、いつしか、二人の距離が少しずつ縮まっていったとき、
「もう、やめよう。」
とは言えなかった。
いや、言ったかもしれない。
でも、そのときの彼は、その年頃の男の子には止められないほどの熱さであたしを抱いていた。
「あの子には、秘密だよ。」
そうつぶやきながら、なぜか彼の唇を胸元ギリギリのところまで導いていた。
彼のからだの下から見える神社の木立ごしの空。
大きな杉の木が黒々と影絵のように、そびえたっている。
夕日が、きれい・・・。

足首は蚊に食はれ胸元は彼に


恋は、復讐の匂いがした。
あたしは明日、胸元にバンソウコウを貼って教室に入るだろう。

髪洗ふ

2002年5月23日 みじかいお話
シャワーを浴びようとして手を止めたのは、ふっと、煙草の香がしたからだ。
彼は煙草を吸う。
新幹線に乗り込む前に吸った最後の一本が、髪に香りだけ残したのかもしれない。
彼は、行ってしまったのに。

遠距離恋愛になることは分かっていた。
それでも、彼からの申し込みにうなずいたのはなぜなんだろう。
正直言うと、それほど熱い恋にはならないような気がした、少なくともこっちは。
年令を考えれば、もう、そろそろゴールの見える恋をしたかった。ゴール、そう、結婚というゴールの見える、恋。
大恋愛をして結ばれたい、というわけでもないけれど、遠距離を乗り越えるだけのパワーは必要な気がした。

もうずっと離れたくない。
もう離したくない。

そして、あついキス。

はっきり言えば、そういう、めくるめくシーンが幾度となく繰り返されなければ「遠恋」なんて無理。無理。

だと、思っていた。

でも、彼とは、実に自然なのだ。
一緒にいれば楽しい。
時間も、早く過ぎる。
でも、新幹線のホームで、熱い抱擁を幾度と無く繰り返すようなテンションの高さは無い。
まあ、まわりで余りにもそういうことをバンバンされると、ひいちゃう、ってのもあるんだけどね。

目をつむると、そういう熱々の恋人たちに混じって、幾分ぎこちなく笑っていた彼の顔が浮かぶ。
ホームに残されるのは、なぜかほとんどが女の方で、しかも、そのほとんどが泣いていた。

わたしも、泣いた方がいいのかな。
そういうのも、相手を喜ばせるのかも。
でも、計算で出せるほど器用じゃない。
そんなことが出来るなら、今頃は女優かも。

シャワーをひねる。

煙草の香が、一瞬濃くなる。
シャンプーをつければ、一瞬で消えてしまうけど。

つむった目の裏に浮かぶ、きのうと今日、二日だけの彼。
今度はいつ会えるのか、まだよくわからない。
二週間先か、一ヶ月先か。
その間、二人はそれぞれ、お互いがまったく交わらない時間たちを生きる。

残り香を惜しみ惜しみて髪洗ふ


彼は、そのうち、迎えに来るよと笑っていた。
腕の中にすっぽり包まれて、わたしは微笑んでいた。
決して小柄な方では無いのに、彼といると自分がとてつもなく華奢なつくりになったみたいな気がする、そして、そういう時の自分がすき。

彼のことが、すき。


そして、髪を洗い終える頃、彼のいる街で彼といる、ゴールがふいにうっすら見えた。

いちご

2002年5月18日 みじかいお話
あまりにもリアルな夢だった。
自分の見慣れたベッドが、目覚めてすぐは、見慣れない物のように思われたほどだ。
あのひとに、抱かれていた。

はじめて出会ったのは、光化学スモッグが発令された暑い日だった。
三才の息子を連れて児童館にいたとき、ふいに外から、街宣車の割れ気味の声が響いてきたのだ。
「ただ今、光化学スモッグが発令されました。皆様気を付けてください。」
「光化学スモッグ」という言葉を耳にしたのは、じつはそのときが生まれて始めてだった。
どうしたらいいの。
不安そうな母親の顔を見て、息子も泣きかけている。途方に暮れたときに、
「大丈夫。しばらくここから動かないでください。」
若い男が、そばに立っていた。

児童館の職員で、男性というのは、はじめて見た。
最初は戸惑ったが、まず、小学生の男の子たちがなつきはじめ、次第にフアンが増えていったらしい。
大学を出て、すぐに採用になったという。
ずっと、ハンドボールをやっていて、インターハイにも出ていたらしい。
そういうことを、小学生の子供をもつ母親友達から聞いて知った。
人見知りする方だから、児童館へ行っても自分から話し掛けるようなことはしなかったし、なによりいつも、彼のまわりには大勢の子供たちが集まっていて、息子のことは見ても、その母親の自分に彼が目を向けていたことなど、無かった。
と、思っていた。

その人に抱かれる夢を、見た。
たぶんそれは、この前、めずらしく人の少ない児童館で、彼と短い会話を交わしたから、だろう。
「この辺りのお生まれではないんですね。」
「ええ・・・。でも、どうして。」
「前、光化学スモッグのこと、知らなかったから。空気の奇麗なところで育ったんだろうなって。」
しばらく、故郷の話をした。
畑がいっぱいある、山間の村のこと。
「今ごろは、いちごの季節よ。」
そう言うと、
「そうですか。いちご、かあ。畑でつみたてのやつって、おいしんでしょうね。」
と答え、そして、いちごの話の続きみたいに、
「いちごといっしょに育ったから、そんなに、みずみずしい肌なんですね。」
そんな言葉を置いて、そして、そのまま職員室へ消えた。

ひとの妻になり、まして、母になった女に、不用意にそいうことを言うのは罪深いことである。
だけど、そういう「罪」に気が付きもしないほど、相手は若いということである。

いちご食ふ浮気ごころをつぶしつつ

あれは、夢、なのだ。
結婚話の「旬」というものがあるらしい。
いわゆる「お嫁に欲しい」というようなことを、あちらこちらから言われる。
整形したとか、大金を得たとか、べつに自分の環境に変化が生じていないにも関わらず、お見合い写真は家にいくつも届くし、付き合っている彼氏もしっかりいるし、っていう時期。

今思えば、あれ、あの時期だなあ。

はたちそこそこだった。
家を離れてはじめての一人暮らし。
何も無くてもときめきあふれる、人生がいきなり花開いたかのように感じられる時期である。
「 恋多き女」。
それほど、ふしだらだったとも思わない。
一人暮らし、とは言え、女子大の寮である。門限をやぶったことも無い。ふたまたかけたことも無い。
それでも、そういう評判が立った。

そして彼とは、そういう季節に出会った。

オレさ、一番でなくていいよ。
おまえの何番でもいいよ。
決してモテない方では無いのに、彼はそんな風に言った。
でさ、もしも、おまえが三十スギても一人だったら、もらってやる。だから、そうなったら、オレのところへ来いよ。絶対、来い。

三十は、スギた。
そして、一人である。
時々思い出す話として、彼の言葉は胸にあった。
今日までは。

さっきの電話の話を聞くまでは。
学生時代の友達からであった。

「彼、離婚したって、そんで、あんたに会いたがってるらしいよ。」

何をいまさら。
そう言ってやった。
「わたしはもう、東京を離れて長いし、今、急に会って何を話すの。」
それに大体、何も無かったんだから、わたしたち。

そう。
いわゆる「男と女」というのでは無かったのだ。
幾たびか、アブナイ雰囲気が、二人の間に流れたこともあった。けれども、そこが、「旬」だったわたしには、絶えず誰か特別の男がいて、その人以外の男と、そういう関係になることは無かったのである。
でも。
三重スギて一人だったら来い。
と、かつて言った男が、今、一人になった。
そして、会いたがって、いる。

やはり、胸がさわぐのである。

ただ。
こんなふうに胸騒ぎを覚えることを、わたしは実は後ろめたく感じている。
わたしは独り者である、しかし、おととい、五つも年下の男から、
結婚を前提に、付き合ってください。
と、言われてしまっているのである。

そして、返事は、まだ、していない。

この年になると、ただでさえ臆病になるのに。
なぜか、すこし腹立たしい。
だけど、どこかで、ときめいている。
そういう自分というのにも、少しイラつく。
それでも、鏡を見ると、なぜか少し頬がピンクがかっていたりする。


意識下の湖は紫陽花のいろ

これから、どうしよう。

紫陽花

2002年5月14日 みじかいお話
男が妻に選びやすいタイプの女とそうでない女。
たとえ、そういうものが存在するのだとしても、それは愛情には適わないものだと信じてきた。
つまり、この子は奥さんにはしたくないな、と思っても、愛情が深まっていくうちに、
やっぱり結婚したい
そう思うようになるのだろうと。
なのに。

好きだよ、すきだけれども、そういうんじゃないんだ。


男の言葉が、耳に付いて離れない。

できれば、結婚なんかしたくないよ。でも、外堀を埋められちまったんだ。

相手の女まで用意されてから、別れを切り出されるとは思わなかった。

最高だったよ。
いつも、会うたびに違う顔を見せてくれた。
いったい、本当の気味がどんな人なんだか、最後までわからなかった。

最後。
男の言葉に食って掛かる。
最後なんて、いや。そんなの、あたしは認めない。

ほら、そういうことも言うんだよな。
他に相手はたくさんいるのよ的なことも言う女なのに。


そんなこと、言っただろうか。
たとえ言ったとしても、相手が何人いても、最後にはあなた、そういうことだったのに。

最後には。
最後。
同じ言葉をつかいながら、あたしたちは違いすぎる結末を主張して、互いに譲らない。

男は、写真が好きだった。
主に花を撮るのが好きだと、はじめてもらった手紙に書かれていた。
雨上がりの透き通った日の光が、薄青い紫陽花の 花のかたまりをやわらかくとらえている一枚の写真が同封されていた。

きみは、この花のように、会うたびにイメイジが変わってしまいます。
いったいどんな女性なのか、もっともっと知りたい。


彼から向けられた、たくさんのレンズの目。
その中で、いったいあたしはいくつの色を見せたのだろう。

あたしの写真を、頂戴。
一枚のこらず、頂戴よ。

そうして、夥しい数のあたしを、花びらのように撒き散らした部屋で、いつまでも眠り続けたい。

紫陽花とさびしさを分け合ふてみる
今日は、俳句とお話は、ちょっとお休みします。
と言うのは、一度、お詫びをしておきたいからです。
この、つたない「日記」。それも、うそかホントかわからへんような話と、俳句のプロの目からみたら、
なんやねん、これは。
と、言われてしまうような俳句と日々付き合っていただいている方々に、わたしは、本当に感謝しています。
しかも、相互リンクまで張っていただいて・・・。
嬉しい限りです。


なのに、どうして「秘密メモ」で、それぞれの方にメッセイジが書いていないのか。

なぜか、このパソコンは、「秘密メモ」をつかうと、マウスが全く動かなくなってしまい、画面もフリーズ状態になってしまうのです。
何度も、日記を書き上げて、さあ、メモに行くぞっ、と意気込んだとたんに、パソコンが動かなくなり、メモばかりか、その日の日記まで消えてしまうことがありまして、今、「秘密メモ」をつかうのは、少し勇気が要るのです。
ただ、先日、編集機能を使い、上書きするという方法なら、短時間は大丈夫ということがわかりました。
相互リンクしてくださった皆様の日記は、もちろん楽しみによませていただいております。
今後、すこしずつメモもつかっていきますが、こういうパソコン事情なので、愛想の無いやつだと思われませぬよう、どうか、これからも、「詩瞬記」をよろしくおねがいいたします。

新緑

2002年5月9日 みじかいお話
雨に洗われる街。
ゴールデンウィーク中に、混み合う人々が汚した空気を、雨は洗い流して行く。
「傘を持って出れば良かった。」
女が、つぶやく。
映画を見た後のお茶の時間。スクリーンの中の世界から少しずつ現実の世界に戻って来るひととき。
スターバックス・ラテは、残り少なくなり、カップの底の方のすすけた苦みが舌にからみつく。
男は黙っている。
別に怒っているわけではなく、寡黙なタイプなのである。
デートも今日で四回目ともなれば、相手の機嫌位は読み取れるようになる。
女は男の顔を見つめる。眼鏡の奥の細い目が、ようやく今し方見てきた映画のパンフレットから離れて、女に向けられる。
笑いを含んだ目元に安心する女。
「これから、どうしよう。」
映画に誘い出したのは、男の方だから、何か計画があるかもしれない。
何よりもこのカフエは、男の部屋と同じ駅にあるのである。
もしかしたら、その、一人暮らしの場所を見ることになるのかもしれない。
男の薄い唇が動く。
「少し外を歩こうかなって思っていたんだけれども。」
「どこへ。」
男はただ微笑む。
その微笑みが、女の心を波立たせる。
何しろ、四回目のデートなのである。
いい大人の男女が、ランチを二度、デイナーを一度、一緒にしたのである。夜景も見た。お酒も飲んだ。でも、それだけだった。今日までは。
そろそろかな。
だから今日は、そうなってもいい下着を身につけている。だけど、見せてもいい下着だからといって、見せるかどうかは分からない。

女は時計に目をやる。
午後四時。中途半端な時間。
「どうしよう。」
と言ったのは男の方。
「歩こうかな、いい雨だし。」
「傘も無く。」
「そう。」
二人は見詰め合う。
「・・風邪を引きそう。」
「じゃ、やめよう。」
雨のせいで、街はこの時間にしては薄暗く感じられる。オープンカフエ部分の無人のいすとテーブルが、静かに濡れている。
「・・・どう、したいの、これから。」
聞きながら、どうして向かい合わせになんか座ってしまったのだろうと女は後悔を覚える。隣り合わせか、九十度の角度に座っていれば良かった。
そうすれば、無口な男の雄弁な手に、ぐっ、と引き寄せられるかもしれないのに。
「食事には早いよね。」
「うん。」
「もう少しここで雨宿りする。」
「そうしようか。」
しかし、突然の雨のせいで、店は混んでいる。元より、長居するような店でもない。
「・・とにかく、一度、出よう。本屋さんにでも、行ってみようかな。」
先に立ちあがったのは、男。
「そうね。」
本屋さん、という言葉になぜかふいを衝かれたような気がして、女は少し出遅れる。
あたふたとテーブルの上を片付けはじめた腕を、男の手がつかむ。
「・・・。」
「一緒に、やるから。」
男のカップもまとめて捨てようとしたことを言っているのだと気付くのにすこしかかった。
「ありがとう。」
「いいえ。」
少しよろけて立ち上がったのは、男の手の力に酔ったからかもしれない。
酔った・・・。なぜ。
しかし。

店を出て、ふと空をふりあおぐ。
雨は、やんでいる。
「やっぱり、少し、歩こう。」
「あても無く。」
「そう。行き先決めずに、さ。」



新緑を洗ひて雨のとどまらず


行き先、決めずに。

まるで、気まぐれな雨雲のようだと、女は思った。
ヨーグルト目覚めればふと風薫る

ヨーグルトを、育てている。
ヨーグルトのもと、というのか、菌、というのか、そういうのを分けてもらって牛乳に植えればよい。
植える、といっても、まあ早い話が、もとを入れてかき混ぜればよろしい、ということ。そうむずかしいことでは無い。漬物の糠みたいなものである。
って、これは、わからない人もいるかな。
しかし、それだけのことのはずなのに、これが、結構デリケートなものらしい。あまり長期間かまってあげないと死んでしまう。よごれたスプーンもダメ、余り暑い場所にもヨワイ、という。
ヨーグルトをつくっている、ではなくて、育てている、と書いたのは、そういうわけだから、である。
しかも、この「もとちゃん」は、遠くカスピ海のほとりの村からやって来たものの子供なんだというから、浪漫があるではないか。
冷蔵すると眠り、室温では起きる。
冷蔵庫から取り出して新しいヨーグルトをつくるとき、そうっと、そうっと、混ぜながら、今、目覚めている目には見えない生き物の存在を感じる。
開け放った窓から、五月の風。
風も、目には見えないけれど、なにかを確実に運んでゆく。
風を浴びているだけで安心できるような日には、元気なヨーグルトができることだろう。

藤の花

2002年5月2日 みじかいお話
結婚式の披露宴で、藤色のドレスを選んだ。
そうして彼が「奇麗だね。」と言ってくれたら、
こう答える。
「そう。あなたとはじめていっしょに見た、夜明けの空のいろなのよ。」

うす紫の色が似合う肌をつくるために、日焼け止めは欠かさなかった。腕についた日焼け止め乳液が職場の机に移り、机をふいてくれる後輩が、土色に変色したふきんを見て、びっくりして悲鳴をあげていた。
五キロの減量にも成功して、腰のラインを強調するドレスにも耐えられるかなという感じになった。

肩から腕にかけて大きく開いたデザイン。
房になった藤の花がたわわに咲き零れているみたいに、胸元を飾っている。

午前四時藤は天まで咲きのぼる

夜明けの、まだ手垢のついていない一日の始まりの色は、暗闇がやわらかくほどかれて、淡い紫の色をしていた。
ふたりのはじめての、朝。
特別の、朝。

でも、結局、その朝の思い出は語られなかった。
花婿が花嫁に、奇麗だね、と言わなかったからである。
彼は、着飾った新妻に向かって、彼の実家の風習である「饅頭撒き」をした際に饅頭のひとつと激突した隣のおじいさんのけがの具合を心配したり、自分はいつ食事をすればいいのか真剣に悩んだり、そういう調子で、まあ、ハッキリ言って、花嫁の様子なんか、見ちゃいないという風だったのである。

でも、いいのよ。
口に出さない方がいいこともあるのよ。どんな色だったっけ、なんてしらっと聞かれてもイヤだし。

美しい新婦はそう言って艶然と笑った。
お世辞抜きに彼女はとても奇麗だったのだけれど、一人の男に所属することへの淋しさが、その表情に翳を与え、それがよけいに彼女を引き立てていたのも確かである。
藤の色は、すこし淋しい。

若草

2002年4月24日 みじかいお話
足早に春が過ぎて行く。
緑の季節が巡り来て、マンションの庭では、除草に草刈り、と連日草花の手入れが行われている。
窓を開けると、刈り取られた草の青くて苦い香が風に乗ってやって来る。

若草をためらわず踏む彼といた


その人は、萌え始めた若い草の上を、ためらわずに歩いた。
バスケットシューズが、白つめ草や、タンポポの上を踏みつけにするのを、黙って後ろからついて行きながら見ている。
ついて行くということは、自分も同じように若い草たちを蹂躪しているということ。
共犯、という言葉が胸をよぎる。
キャンパスの林の中は、奥へ進むたびに緑の匂いが強くなる。
息苦しいのは、緑のせい。
それとも、これから、彼の企みに引っかかってやろうとしている自分の若さのせい。
どこまで行くんですか。
声に無邪気さと、不安さを上手ににじませる。
そういう技術を持ち合わせている自分に驚く。
彼が、大きな楠の樹の下で振り向き、そっと手がさしのべられたとき、自分は絶対目を閉じることを知っている。


若さには、苦さがつきまとう。
苦さがあるから若いというのか。

字も似ている。

日増しに強くなる日差しの中で、苦しみながらも苦さに酔っていた、あの若さたちは、どこへ消えたのだろう。

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