初夢で誰かに捧ぐセレナーデ

  去年は、虎に食われるという初夢で、それも相当インパクトがあったのだが、今年も後を引く内容のものだった。

  夢の中でわたしは、ピアノを弾いていた。
  曲は「ムーンライト セレナーデ」。そう、グレン・ミラーの名曲である。
  坂の上に、ピアノのある家はあった。
  すぐ近くに、わたしの好きなひとの勤務先か学校か、何しろ夢だから判然としないのだが、とにかく彼の居場所がある。
  しかし、会えない。
  ふられたからだ。

  彼は、かつて話していた。
  村上春樹の小説で一番のお気に入りは「風の歌を聴け」だと。
  自分の生まれ育った土地のことが書かれているから、思い入れがあるのだと。

  その話を交わしたときには知らなかったのだが、村上氏は、この小説の背景には「ムーンライト セレナーデ」が流れていると書いている。(これは本当に読んだから、夢では無くて実話)
  わたしは、そのことを音楽好きの彼に伝えたいのだけど、音信不通にされてしまったので伝えられない。
  だから、彼に聞こえるように、想いをこめてピアノを弾く。

  まだ、あなたが好き。
  もっともっと、あなたのことを知りたかったのに。

  そういう、夢。

  目覚めてから、なんとも切なくなる夢だった。
  まるで本当に失恋したみたいな哀しみが胸にわだかまっていた。

  お正月休みで実家に帰ったとき、楽譜を引っ張り出して、実際に「ムーンライト セレナーデ」を弾いてみた。
  雪混じりの風が窓にたたきつける、火の気の無い部屋にピアノは置かれている。かじかむ両手をこすって椅子に座っていると、かつて、毎日わずかでも時間をみつけて鍵盤に向かうようにしていたことを思い出す。
  ずいぶんとブランクはあるけれど、左手はベーストーンを追いかけるだけ、右手でコードを押さえながらメロデイをつなげていくという簡単なアレンジだから、なんとか、弾くことができた。穏やかな曲だ。でも、どこかに寂しさをたたえているように思う。足りないものはいくつかあるけれど、それでも幸せなんだ、というような。

  初夢から話は変わるけれど、ある時期、何かにとりつかれたように、ある一曲につきまとわれることがある。
  それが、なぜか今年は「ムーンライト セレナーデ」みたいだ。
  クリスマス料理やおせち作りやレンジ周りの大掃除などでキッチンにこもることの多かった年末、なんとなくハードロックとビッグバンドジャズをかわるがわる聴いていた。この組み合わせは、たとえれば、シュークリームとお茶漬けとを交替で食べるみたいで、なんとなく飽きなくて心地よいのだった。だから、そのときに自然に何度もこのナンバーを聴くことになった。
  それから、この日記の整理をしていたときに、見事に忘れていた「みじかいお話」の中でこの曲を採り上げているものを発見(自分で言わないか)、「土砂降りの、ムーンライト セレナーデ」という表現に、バカかお前は、月の光ってタイトルのナンバーに雨を絡めるなよ、などと自分で突っ込んでも、いたっけ。
  なんてことを考えていたら、昨日、FMで、シカゴが歌詞付きで演奏していた。重厚なブラスアレンジに朗々たるボーカル、というアレンジは、聴かせてはくれたけれど、あまり好みではなかった。わたしはクラリネット吹きだったから、あの楽器の枯れた感じが抜けていることに戸惑いを感じたのかもしれない。

  吹奏楽部員時代に何度も演奏したけれど、そのときには気持ちを揺さぶられるようなものは、特に無い曲だったように思う。最初のメロデイのハーモニーを、クラリネット4パートで合わせるのが苦労したとか、途中の三連符で必ずバンドのどこかで合わない者がいた、とかそういう練習の上でのあれこれしか浮かんでこない。
  だけど、名曲は、聴く人の人生に何度も立ち現れては何かを与えてくれるものらしい。とりわけ、ジャズは聴く人間といっしょに成長していく音楽みたいな気がする。あるいは、どこか高みにあって、聴く者を引き上げてくれる、みたいな。
  あ、この曲はそういうことだったんだ、と聴くたびに何かを感じていけるのなら、名曲といっしょに年をとるのも、そうわるいことではない。

無題

2005年1月9日
 メッセージを書きます。
 少しずつ、ですが。。
      抱くのは 花火と汽笛と街の灯と

    

  わたしが恋をしているとすれば、その相手は、神戸だ。

  そういうことだったんだ。実感した。




  日付けが変わった瞬間、一斉に船が汽笛を鳴らし、隣りの島では花火が上がった。
  そして、街の灯は、穏やかに、だけど華やかに、きりりと引き締まった冬の夜にひとつずつきらめきを放っていた。


  新年、明けましておめでとうございます。
  今年も、皆様にとって素晴らしい出来事が、日々に散りばめられた一年になりますように。

  4年目の「詩瞬記」、どうぞよろしくお願いいたします。
     音楽の神様に逢ふ 毛糸帽

  ドアを開けてステージを見ると、グランドピアノとツリーだけがあった。仕事先で多少のトラブルがあり、気が重いところへ、
 「惜しかったなあ、もう少し早く来れば、叩いてたのに。」
  と、ジュンの声だ。「僕の、ジャズメン・メドレー。見せてあげるって言ったでしょ、この前。」
  そうだった。
  「アート・ブレイキーと、誰だっけ。」
  「アート・ブレーキーから、バデイー・リッチに行って、そこからジーン・クルーパに至るという・・・。」
  「すごい芸。」よく分からないなりに驚いて見せると、ジュンは屈託なく微笑む。「そう。すごい芸。」
  音楽好きが音楽について語るとき、どうしてこうも無防備になってしまうのだろう、そんなことを思いながら、カウンター席に座る。
  「だけど、今日はもう片付けちゃったから、また今度、だな。」
  今夜のジュンは、茶色に青みがかった緑色を重ねた色の毛糸帽を被っている。だから、よけいに少年ぽくて無邪気に見えるのかもしれない。

  今夜のライブは、クリスマスのミニライブ。基本的に、ピアノ・ソロで、数曲だけ、ボーカルが入る。そのボーカリストが、今のわたしのジャズボーカルの先生、ということなのだ。
  「アン先生は何を歌うって?」
  「ピアニストの気分次第らしくて、ちゃんと教えてもらってないけど、エラ・フィッツジェラルドのナンバーだって。」
  「ハナさんは、まだ歌わないの?」 
  「わたしは、まだその域まで行ってないもの。」
  「イキ?」
  「レベル。まだ人前で歌えるようなレベルじゃないってこと。」
  「ふうん、そう。」ジュンは、首をかしげて少し考え込む表情になった。「まあ、お金をもらえるかどうか、っていう意味でのレベル、ってのは分かるけど。あとは・・・よく分からないな。ま、そのうち、セッションしようよ。ピアノでもいいからさ。」
   ピアノでも、ボーカルでも、セミプロ級のあなたとセッションなんて無理だわ。
   そう言おうとしたけれど、言わなかった。もしかしたら、わたしのこの消極性が、音楽から遠ざかってしまっていた原因だったかもしれない。深く考えずに、もっと、のびのび演っちゃったら、案外、人前でもなんとかやれるかもしれないのだ。
  せっかく歌うことを決めたのだ。前向きに行かないと。

  ちょうど、飲み物が置かれたこともあって、わたしたちは口をつぐんだ。狭い店内が、少しずつにぎわい始める。ここがハネたら、ルミナリエに行くのよ。誰かが、そんなことを言っているのが聞こえる。華やいだ声。
  「夕べは、どう過ごしたの。だんなさんと食事にでも行った?」ジュンの声からは、何も読み取れない。そのことに少し傷ついている自分に少しいらだちながら、わたしは答えた。
  「教会に行っていたわ。ミサに出ていたの。」
  「ふうん。クリスチャンなんだ。」
  「そう。夫が、だけど。」なぜか、夫と自分とを分けた表現で話している。ジュンを前にすると、どうしてこうなるのだろう。「あなたは?」
  「僕は、クリスチャンじゃないから、家でのんびりしてたよ。」
  奥様と。
  言おうとして、やめる。余計なことだ。ほんとうに、このひとの前だと、わたしってすごく不器用になってしまう。フローズン・ダイキリが、なんだか苦い。そんなふうに感じたことはないのに。

  最初の曲は「もみの木」だった。ピアニストは、まるで、大切な玉子でもあたためているようなデリケートなタッチで鍵盤と戯れる。クラシックから入ったひとなのかもしれない。そういう手つき。
  傍らのひとを、そっと見てみると、目をつむっている。いつのまにか帽子を取り、ウィスキーのグラスを手にするともなく手にして、穏やかにピアノに耳を傾けている。
  気持ちが、動く。
  
  このひととは、友達でいようと、決めた。だから、心を動かしては、いけない。

  再び、ステージに目を向けると、曲が終わったところだった。

  演奏されたクリスマスソングの何曲かは、イブの夜に教会で歌ったものだった。ジャズアレンジがほどこされていても、それは、やはり聖歌なのだった。いや、ジャズは、そもそも黒人霊歌から生まれたものだったかしら。
  技術的におそろしく長けているとも思えなかったが、ひとつずつの曲を、とても丁寧に弾くピアニストだった。それは、まるで演奏する、というよりも、祈りを捧げる、といった方が似つかわしく思われるようなプレイだった。

  やがて、ボーカリストが、純白に光るドレスを身に付けて現れる。歌は「荒野の果てに」。

    Gloria in excelsis Deo
Gloria in excelsis Deo

伸びのある声は暖かく、狭いフロアいっぱいを包み込むみたいに思えた。
  いつか、わたしも、こんなふうに歌えたら・・・。
  余計なことは何も思わない。ただ、音楽が好き。それだけで、もう十分だと思った。しかも、同じ空間に、同じ音を共有できるたいせつなひとがいて・・・それが、恋人でなくても、友達でもいい・・・これ以上に、何も望むことは、無いのだ。

  そして。

  ボーカリストが、優雅にお辞儀をしたとき、いっぱいの拍手の中で、ジュンがそっとささやいた。

  「僕は無神論者だけど、それでも思うよ。音楽の神様だけは、きっと、いるって。」

  そう。音楽の神様だけは、きっといる。
  ライブの熱にうかされながら、心からそう思いながら、自分が限りなく満たされていくのを感じていた。

  
 

  
     冬桜  家族にも 遺族にもなれず

  「年が明けたら、また逢おうね。じゃ、仕事します!」

  レインからのメールは、深夜零時を回っていた。
  そういう時間に「仕事します」と言われて、返事は返しようが無い。だから、返信はしない。

  わたしは、そういうことにして、別れを切り出さない自分を納得させる。
  別れなければ、と思っても、自分から言い出すことができない。抱かれる前に決心したことも、抱かれてしまえば、すぐに壊れる。それは、まるで砂糖菓子のよう。少し舐めただけで、あっけなく崩れる。
  
  「愛してるよ。」

  この前は、なぜだろう、レインの方から口にした。
  いつもはそんなこと、まず言わないのに。久しぶりだったから?
  少し、弱気になってるのかな。
  もうすっかり慣れた手順で結ばれながら、わたしはふと年下の恋人の疲れを肌で読み取る。だけど、何かあったの?とたずねたところで、レインは何も答えないだろう。

  レインは、仕事の話をしない。

  まったくしないわけではないが、それは、たとえば中学生の女の子が退院してからくれた絵葉書に描かれていたことが、やたら親密でどぎまぎしたことだとか、「その筋」の人を入院中に担当したところ、後から大きな壷を贈られて対処に困ったことだとか、そういうことを明るく話すだけだ。メールにも、「忙しい」とか「泊まりが続いた」とか書いてくるだけである。それは、わたしに気を遣って、という理由よりも、プライベートでは明るく振舞いたい、という彼の哲学みたいな気がして、わたしは敢えて、重い話題を自分からは持ち出さない。

  もしも、わたしたちが相性が良くて、これだけ続いているのだとしたら、それは身体での方では無くて、こういう、気の遣い方にあるのかもしれない。今日のメールも、書き出しは、
 
  「寒くなってきたね。お子さんは、咳してない?」

  というものだった。
   次女が喘息なのをレインは知っている。以前、夜のにメールをやり取りしている最中に発作を起こしたからだ。
   そのときには、落ち着いて、まず加湿をするようにね、という指示を書き送ってきた。
  「できれば深呼吸をさせて、お水を飲ませてあげてね。」
    お礼を書き送ると、
  「お礼はいいから。ちゃんとしてあげてる?」
   と返ってきた。幸い、そのときの発作は大したことは無かったのだが、それからしばらくして、「オナニー指示」が同じような書き方で届けられたときには、少し笑ってしまった。
  「始めは優しく、ゆっくりだよ。パンテイの上からでもいいから」
  「そして、少しずつ脱いで。」
  「濡れてきた?ちゃんと触ってる?」
  大人のお遊びだと分かっていても、かなり刺激的ではあった。

  冬至ともなると、暖冬とはいえ、風は冷たくなる。レインは当直なのか、それとも、予想できない事態で深夜に勤務が及んでいるのか、どちらなのだろう、と考える。
  
  でも、考えたところで、わたしにできることは、何もないんだわ。
  
  寂しくなる。いつか彼が家庭を持てば、その妻は疲労して帰宅した夫のために、おいしいお茶を淹れるだろう。優しく微笑むかもしれないし、そっと背中から抱きしめるかもしれない。
  
  そのどれかひとつの行為があれば、言葉など不必要なのだろう。
  ケータイを眺めて、文字を打ち込もうとして、小さく首を横に振ると、わたしはため息をひとつ、つく。つながっていたい、だけど、言葉だけでつながったところで、それはレインを満たせるのだろうか。

   言葉って、なんて無力なんだろう・・・。

  
  
 
     もみの木に星を降らせて空回る

  真夜中に泣いているよりは、流星群を探して夜空に視線を泳がせた方がいいのでしょうね。

  かなり、立ち直りつつあります。そう言えば、「めまい」を起こしてぶっ倒れたのも12月だったなあ。ヤバイ季節なのかしら。

  ところで、どうしても気になることがあり、できれば、お読みくださっている大人な方々に、お答えいただければなあ、って思い、書いております。
  
  先日の「聖夜」の話です。ヒロインの「ハナ」が、ドラマーの「ジュン」に、強く心を惹かれながらも、「絶対に寝ない」と決めている、というあれです。で、ハナが、なんで「寝ない」と決めたかというと、ジュンが、
「本当に愛しているかどうか、は、寝た後に初めてわかる。」
 と言ったから、なんですね。
  実は、このセリフは、先日、ある男の人が実際に口にした言葉です。例によって、言葉だけを頂戴して、そこから話をでっちあげていったわけですが、それはともかく、この言葉、わたしには相当にショックだったんです。

  「じゃ、愛していなくても寝られるってことじゃないですか。」
  おもわず、そう親しくもないのに、正面切ってたずねてしまいましたよ。すると、
  「いや、好きだからこそ、そういうことをしようと思うんだけど、真に愛しているかどうか、はその後ではっきり分かるんだ。」
  と、いう、分かったような分からないような答えでした。
  
  わたしの場合、寝ようとした時点で、もう「愛している」ので、ことが終わったあと、「やはりこれは愛じゃなかった」と認識したことはありません。もちろん、その後歳月が経ち、何かの要因で愛が冷めることはありますが、そうなるとこれは、寝た、寝ない、ってことと直結した話では無いのです。
  ただ、「相当本気で口説いたように見えたけど、やっぱり遊ばれたかな」と思ったり、逆に「これって、遊びだって言ったくせに、かなり本気入ってるじゃん」ということは、ありました。どうにもならない理由で、どうしようもなく別れなければならない相手から、「もうこれで終わり。俺はお前の身体が好きだっただけだ」というようなことを言われていたくせに、なぜか「愛」が伝わる。切ないけれど、そういうことがあります。

  ある女性の日記作家さんが、こういう雰囲気のことを書いておられました。
  彼女は、不倫しています。相手は同じ職場ということもあり、きわめて直接的に身体を求められます。彼からは「あなたに求めるものは、こういうことだけだ」と言われ、彼女も納得しようとするのですが、「本気」が伝わってきて、うまく断ち切れない、そういうことです。
  推測するに、この二人の場合は、男の方が「寝て愛を認識した」のではないか、と思います。寝る前には、自分の気持ちが分からなかった、あるいは、単純に「いい女だな」程度のものだったのが、寝てみて初めて、「本気だった」と思う。

  しかも、ある男性の日記作家さんが、「寝る前に好きになる、寝た後で好きになる、どちらかというと、後者が多かった」と書いておられるのです。

  ということは、男のひとが、「寝たい」と思う場合、そこに「愛はないのか!」と言いたくなってしまいます。
  ちなみにレインは、人妻フィーネと寝た直後に「好きなひととしか、こういうことはしない」と言っていますが、彼は女であるわたしがこしらえた男なので、例外ですわね。
  だからといって、レインみたいな男が理想かっていうと、そうでもないんだけど。それになぜか、彼は読者さんの中で、妙に「ハンサム化」しているみたいなんですが、わたしの頭の中ではそうでもないんですよね・・・。まあ、これは話が逸れました。

  どなたか、教えてください。特に、男性の方。
 「寝たい、と思うときのエネルギー。それは、愛ではないのか」

 

  
     島ひとつワインに沈め暮れてゆく

  神戸に来て思うのだが、どうして冬になると街の灯は、こんなに鋭く瞬くのだろう。煌きに心を奪われて、涙が出てくる。

  フィクションが、二つ続いた。

  だから、ってわけじゃないけれど、今日は本音を書いてみようかなと思う。

  先日、「過喚気症候群」の発作に見舞われた。実に15年ぶりの発作である。
  こいつは深呼吸のしすぎみたいなもので、おさまってしまえば実にあっけないものなのだが、発作が起きているうちはとても苦しい。
  何しろ呼吸ができないのだから。見た目も死にそうに見えるらしく、気の早いひとは救急車なんか呼びかねない。実際に、この前のときは職場だったから、救急車に乗せられた。話もできないくらいになるので、本人もだけど、周りの人間もあわててしまうのだ。
  幸い今回わたしが倒れたのは自宅にいるときで、子供たちも寝たあとだったから、誰もあわてさせることなく、紙袋を口にあてて静かにしているうちに落ち着いたのではあるが、これが屋外だったら、しかも子連れのときだったらどうしよう、と不安になる。
  いや、でもここで不安になることが、また発作を起こしかねないんだなあ、これが。

  ここまで読まれて、あれ、って思われた方もおられるだろう。
  夫の存在である。
  彼は不在ではなかった。しかも、わたしが発作を起こしかけたのは見ている。けれども、何もしなかった。あわてることもなかった。ヘタに救急車を呼ばれるよりはマシじゃん、と思いつつも、不自然だと思った。
  なんとも、思わないんだな。

  結婚する前には、結婚すれば、孤独から解放されるのだろうと思っていた。
  けれど、結婚してみて、これが余計に孤独を煽ることもあると知った。
  が、いい年をして、甘えているわけにもいかない。自分で孤独を飼いならしてやらなければ、救われない。

  書こう、と思った。

  立て続けに入っていた仕事もメドがついた。書く行為で、自分の不安感を鎮めてやろうと思った。わたしに思いついたことは、そういうことだった。だから、書いた。
  「フィーネとレイン」を書いたときには、まだ不安定だった心が、翌日「ハナとジュン」を書き終わって、かなり落ち着いてきたことに気が付いた。

  わたしには、物語が必要なのだ、と心から思う。
  よろしければ、今後もお付き合いください。
     聖夜まで友達のまま 日を消して

  わたしのモスグリーンのスカートは、足首まであった。合うブーツが無かったから、真っ赤なビロードのハイヒールをはいている。
  その足が、震える。

  深夜一時を回っている。
  港は、こんな季節のこんな時間でも、荷揚げが続いていて、オレンジ色の鮮やかな光が、ライトを消した車の中にもわずかに入り込んでくる。
  音楽が、ロックからジャズに変わったのは、いつからだった?
  運転するときだけかけている眼鏡を、彼がはずしてダシュボードに置いたとき、微かな予感で胸が震えた。
  「もう帰らないと、ね。」
  そう優しく言いながら、肩に手が置かれたときには、心臓が口から飛び出すかと思った。
  何度、恋しても、いくつになっても、初めてのキスをするときには、激しく緊張するものらしい。

  だけど、男にしては華奢なその手は、わたしの上にとどまらなかった。一瞬だけ触れて、そっと離れた。
  いい年をして、少女みたいにビクついたことで、逆に彼の方が冷めたのかもしれない。そう思うと、寂しいような気持ちになった。キスなんか、さっきまでしようと思っていなかったのに。

  わたしは、このひととは、寝ない。

  男と女とが、最終的に「寝るか寝ないか」に行き着くことで二分化されるとすれば、わたしは、このひととは寝ない。
  そう決めたのだ。
  それは、わたしが三十をとっくに過ぎた人妻だから、ではない。そこまで夫に貞操を誓ってはいない。
  そして、目の前の男は街を歩けば振り返る、といったたぐいの華やかなタイプでは無いのだが、身のこなしがしなやかで、そして・・・これは、わたしにとって寝るかどうかを決断するときの大きなポイントなのだが・・・実に綺麗な指をしていた。
  つまり、品のない言い方をするならば、おいしそう、である。しかし、いただかない、のである。

  二人が知り合って、まだ間が無い。
  わたしが時々立ち寄るライブハウスに、彼がバンドの一員として参加していたことが出会いのきっかけだった。男にしては、ほっそりした肩をしているのに、繰り出す音は力強い、そんな不思議なドラマー。それが、彼の第一印象である。
  それほど大きなライブハウスではないから、マスターを通して、わたしたちは、ほどなく会話するようになった。ドラムで食べているのでは無く、本職はまったく別の仕事であることも、すぐに知ることとなった。それは、主婦と会社員をしながら、ジャズボーカルのレッスンを受けているわたしにとって、なんだかとても好印象だった。
  最初はマスターとバンドのメンバー、そして客数人、というかたちでの会話だったのが、次第に二人だけのものに移行していったけれど、それも自然な感じだった。
  だけど、そのときに交わした言葉のひとつが、今のわたしを縛り付けることになった。

  男と女が、愛を自覚する瞬間について。

  なぜだか、そういう話になったとき、彼が言ったのだ。
  「僕は、そうだな、愛し合ったあと、だな。」と。

  「愛し合ったあと?」わたしは、その答えにいくらか混乱を覚えた。「どうしてなの?愛している、と思うからこそ、ベッドを共にするんじゃないの。」
  「もちろん、そうなんだけど。」彼は穏やかに言った。「もちろん、好きだと思うからこそ、そういう関係になるんだよ。だけど、本当に愛しているかどうか、は愛したあとに初めてはっきりわかるんだ。」

  肌を重ねたあとに、愛を自覚する男。
  愛を自覚するからこそ、肌を重ねたいと思う女。
 
  寝たあとに、男が、愛している、と思えれば、うまくいくだろう。しかし、もしも、「ああ、やっぱりこの女を自分は愛してはいなかったのだ」と思うに至ったら、愛しているからこそ寝た女は、一体どうすればいいのだ。
  逆に言えば、「遊びでも寝られる」とはっきり公言したも同じこと。わたしはそこまで割り切ることはできない。結婚しているのだから、そう大人気ないこともやらかさない自信はあるつもりだが、それでも、一度でも寝れば、「愛の持続」にこだわるだろう。

  運転席で「ミステイ」に聴き入っているような、男の横顔をみつめる。
  クレーンが上下するたびに、光の粒がここまで舞い込んでくる。その頼りない光に照らされている大人の男の表情は、なんて魅力的なんだろう。
  「もう、帰らなきゃ、ね。」
  そうつぶやいたのは、わたし。
  このひととは、寝ない。もう一度自分に言い聞かせながら。
  
  男と女は、肌で会話をするものなのだと、ずっと思っていた。愛し合えば、言葉では言い表せなかったあれこれを、必ず伝え合えると信じてきた。
  でも、必ずしもそうでは無いんだわ。
  いつか、このひとと寝るとすれば、それは、お互いに愛し合っている、と強く理解しあったとき、ということになる。しかし、お互いに家庭のある二人が、関係を持つ前にそこまで自覚すれば、それはまたそれで苦しいことになるだろう。

このひとが、欲しい、と切なく思いながら、わたしは深いため息を、夜に、こぼす。

  
     恋人がサンタクロース  永遠に

  その車のドアは、いかにもドイツ車らしくおそろしく重かった。苦労して開けて乗り込みながら、「どうして、車なの?。」とたずねると、「この後、研究会があるから、車の方が行きやすいんだ。」という返事が返ってきた。

  運転席のレインを見るのは、初めてだ。

  わたしたちの逢瀬、といえば、この地域でも特別有名な歓楽街の駅の前で待ち合わせて、猥雑な原色の光の海を泳ぐようにしてフラフラと歩く、そういうことしかなかった。たいていは街の灯りに素直に吸い込まれて、そのままホテルの一室に閉じこもってしまう。もしも時間が無くて、お茶だけを飲むことになっても、せわしなく自転車や酔客が行き交う商店街の古い喫茶店に入り、隣りのパチンコ屋の騒音を絶えず感じながら過ごすようなことばかりだった。
  だから、今日は勝手が違う。

  「なんだか、無口だね。」
  「しゃべったら事故りそうな気がする。」
  「割と運転は好きなんだけど。」
  「車に乗れるなんて知らなかったもの。」
  「いちいち言わないよ、そんなの。当然じゃない。」

  信号待ちで、ふいに片手をつかまれる。
  「逢いたかった。」
  
  ほんとうに、久しぶりだ。この手の感覚。欲望をまったく感じさせない手の動き。初めて触れたときからそうだ。職業的な癖が出るのだと言った。脈を計り、血管の位置を確認する。それでわたしは面白がって、「翻訳する手」だと言ってやった。
  「身体の中を、手のひらで読み取るのね。翻訳する、手。」
  すると、レインはその後いきなり手を移動させて太ももにすべりこませたのだった。
  「この後は、指の仕事。」

  そして今も、信号が変わり、片手でハンドルを操りながら、片方の手はわたしのスカートの中にある。器用な指が、いい仕事をしている。自然に腰を浮かしてしまいそうになるのをこらえながら、初めて抱かれたときのことを思い出している。

  あれは、彼が果てた直後だった。
  まだ熱さの残る身体を持て余し、わたしは自分で自分の両方の肩を抱きすくめるようにして、ベッドに座りこんでいた。初めての浮気。そして、それが余りにも快感だったことがおそろしかった。そのときふいにレインが口を開いた。静かな声だった。心なしか、煙草の香が濃くなった気がした。
  「・・・俺は、好きなひととしか、こういうことは、しないんですよ。」
  「だけどわたしは・・・。」
  セフレなんでしょうと言いかけた。
  言えなかった。肯定されるのが、怖かったのだ。
  もしも、わたしたちの関係が、恋であるなら、まさに恋が生まれたのは、あの瞬間だったろうと思う。

  レイン、あれは桜の終わる季節だったよね。
  ラブホテルの窓をむりやり開けて、柔らかくなり始めた、春の夜風を入れたわ。
  たまたまそこに、桜の木があって、いっぱい桜蘂を降らせていた。

 今は冬。
   街のイルミネーションが綺麗。どうしてあんなに瞬くのだろう。赤く、青く、金色にも銀色にも・・・。

  「どうしたの?泣いてるの?。」
  レインの声はいつも優しい。指の動きもそう。
  
  ねえ、レイン。
  「恋人がサンタクロース」って歌を知っている?
  あの二番の歌詞が好きだったのよ。

    今も彼女を思い出すけど
    あの日
    遠い街へとサンタが連れて行ったきり

  ねえ、レイン。
  わたしもね、どこかにさらわれしまいたかったの。
  大好きなひとに、どこかに連れて行って欲しかったわ。
  
  たぶん、その想いは今もあるのよ。
  だけど・・・。

  「ごめん、レイン。気持ち良すぎて・・・。」
  わたしは、静かに達する。涙をあふれさせる代わりに。
  

  涙のわけを、ほんとは知っている。けれども、みじめになるから、言わない。
  
  車が、高速下のホテルに着いて、レインはそっとエンジンを切る。うながされて自分で開けたドアは、さっきほどには重くない。
  ドアの重みに慣れたのだ。
  
  明日、家庭に戻り、わが家の車に乗るとき、あの国産のスモールカーのドアは、どんなに頼りなく感じることだろう。

  わたしは、レインの肩にもたれる。優しい主治医の肩に。
  さあ、セックスを楽しみましょう。

  もしかしたら、最後になるセックスを。
  独身35歳の内科医が、クリスマス前に人妻とこんなことをしていてはいけないのよ。

  そろそろ、手を離してあげなくては、いけない。

12月

2004年12月8日
    12月 ライブが街の磁場になる

  ・・・という俳句でお話を書く前に、みなさまにご挨拶をいたします。
    ボジョレーを選ぶ指から酔っていく

  「お酒が呑めなくても、生きていけるよ。」

  そう言って慰めてはくれるものの、やはり恋人とこの季節に
 ワインを楽しめないことを、彼は寂しく思っているだろう。
  わたしだって、ほんとうは、呑んでみたい。
  そして、いい気持ちに酔っ払って、素面のときなら絶対に言わないような言葉を、男の耳元でささやいてみたり、歩けなくなって、腕に甘えてみたりしたい・・・。
  
  しかし、アルコールに弱いのは生まれつき。かす汁でも、チョコレートボンボンでも、赤くなるという情けなさ。
  毎年、ボジョレー・ヌーボーの季節になると、未知の味覚を想像するだけで、うらやましくてめまいがしそうになる。

  しかも、今年は、恋人がいる。
  いや、恋人、って言っちゃっていいものか。まだ、手もつないだことが無い。
  正しく言えば、二人きりで食事したことが、一度あるだけ。
  そのときに彼がたずねてきたのだ。
 「僕と、どうなりたい?」
  少しいいな、と思っていたから、うつむいて答えられなかった。これが、まったく好みのタイプじゃなかったら、大笑いして相手の気をそらすところだ。「どう、って・・・。」小さな声でつぶやいてから、少し勇気を出して、
 「逆に、あなたは、わたしとどうなりたいんですか?」
 と、聞いてみた。緊張の余り、声が大きくなってしまった。
  彼は、生まれつきの色白の頬を、少しだけ上気させて、でも、話し方も声もいつも通りの冷静さを失わないままで、
 「少し・・・恋人、なのかな。」
 と、微笑んだ。

  そして、今、わたしは彼のすぐ近くにいる。
  三宮から、ハーバーランド側を見ている。車の中で二人きり。
  オリエンタルホテルの窓の明かりがまばゆい。神戸の冬は、乾いた空気に、やたらと光が織り込まれて始まる。クリスマスのオーナメントの似合う街。
  突堤では、釣り人たちが糸を海に投げ込んでいる。
  車内で言葉が途切れると、釣り人たちが、リールを巻く音がきりきり、と聞こえてくる。
  暗い海は静かに、ひたひたと波立ち、陸からこぼれる灯を留まらせて、しなやかにゆらぐ。
  
  わたしたちは、話をする。
  お互いのことを何も知らないことに気が付き、今まで共有できなかった長い年月について話す。
  二人の言葉は、それぞれが色の違う糸のよう、かわるがわる織り合わさって、一枚のタペストリーになる。

  そして、何時間もそうしていて・・・・。

 「だけど、今夜、どうして此処に連れてきたか、分かる?」
  彼が優しい声でたずねる。
 「・・・なぜ?」
  ほんの少し緊張して、彼の横顔を見ると、ほっそりした顔に穏やかな微笑みを浮かべ、「ほら、あれ、見てよ。」と、海を指差す。
 「あのね、きみとワインを楽しみたかったんだ。僕の選んだワインをね。」
  まぶしいほど白くてしなやかな指の先には、ポート・タワー。確かに、ワインのボトルみたいだね。
  「ありがとう。」
  「気に入った?」
  わたしは、笑って肯く。そして、思う。
  
  たぶん、恋に、なる、と。

   
 

蜜柑

2004年11月8日 みじかいお話
      思い出のやふに蜜柑の甘くなる

  わたしは、クラスの中でも小柄な方で、背の高さは低い方から数えて二番目だった。
  これに対して彼女は長身で、女の子の中では三番目に背が高かった。
  高校生活最後の学校祭のクラスの出し物で「ロミオとジュリエット」の英語劇をすることになり、わたしと彼女が主役になった。
  共学なのに女子生徒同士が選ばれたのは、その方が何かと後くされなく演技ができるという説と、担任の英語教師の中年らしい嗜好が働いているのだという説、二通りがあった。
  とにかく、ロミオ役の彼女は発音がなめらかなだけではなく、素晴らしく綺麗な低音を持っていた。もちろん、英語もよくできた。その彼女が相手役にしたい、と指名したのが、このわたしだったと聞いた。
  まあわたしも文系志望だけあって、英語の成績はそれほどまずくは無かった。でも、発音もよくないし、第一、記憶力が悪い。正直言えば、何度、主役を引き受けたことをうらんだだろう。だが、
  「もう、わたし、降りたいよ。」
   そんな泣き言を言うたびに、ロミオは優しく、
  「大丈夫。放課後も休みもいっしょに練習しよ。付き合うからさ。」
  と、黒いビロードの感触を思わせる美声で励ましてくれるのだった。

  高校生の演劇だから、そうハードでは無いけれど、話が話だけに、少しはラブシーンがある。
  身長差15センチ近くある彼女の胸に抱かれると、ハンドボールで鍛えた身体は、いろんなところが引き締まっていて、丸っこいわたしには無い清潔感があった。コロンの香は甘酸っぱくて、どこか熟しきれていない青い蜜柑を思わせる。わたしには、付き合っている男の子がいて、それなりにキスくらいは体験していたが、彼に身を任せるのとは違う種類の高揚感を感じた。もちろん、それは、人と人とが肌を寄せ合えば誰でも感じる落ち着かなさだと、解釈していたけれど。

  しかし、学校祭の本番が無事に終わり、衣装から制服に着替えていたときのことだ。
  不器用なわたしが、いつものように棒タイをうまく結べずにいたとき、彼女が近付いて来た。
  「もう、結んでやるよ。」
  その口調はいくら何でもぞんざいで、男役をした名残りが取れないんだな、とわたしは思った。そして、
  「ありがと・・・。」
  と、言いかけたとき、ふっ、と柔らかいものが唇に触れた。

  ・・・キス・・・

  驚いて目を見張ったときには、胸元の棒タイはきちんと校則通りに結ばれていて、彼女も更衣室から出て行ってしまっていた。

  その後、彼女は獣医になるために、北国の大学に進学し、わたしも近隣の県にある地味な短大に進んだ。
  数年ほどして、彼女は夢をかなえて獣医になり、東京で結婚したと聞いた。卒業式以来、顔を見ていない。
  
  わたしの手元に、一枚の写真がある。
  謝恩会の二人を写したものだ。
  彼女はふざけて学ランを着ている。わたしは、いつもの制服。そして、かたく、かたく抱き合っている。だから、二人ともちゃんと顔は見えない。
  三十路を半ばも過ぎ、お互いにそれなりの容貌になったと思う。だけど、わたしは、この季節になると、毎年いつも思い出すのだ。ロミオに抱きしめられたときの、甘酸っぱい香を。

  年をとるごとに、その香が、甘味を増していく気がするのは、なぜだろう。
  

      衣食足りてこその青空 文化の日

  リーコ、小学校に上がって初めての音楽会。
  幼稚園が、おっそろしく行事に力を入れる主義だったこともあり、今回は、本人も親も、なんだか脱力気味。
  
  ところで、友達が、最近、腕に数珠を巻いて出歩いている。
  パッと見たところ、薄紫の玉が連なるそれは、綺麗なビーズのブレスレットである。しかし、よく見れば確かに、紫水晶の数珠である。
  「地震のニュースでね、少しパニック障害気味なのよ。」
   彼女は、わたしと同い年。あの阪神大震災の体験者である。今回の新潟の地震のニュース映像を観ただけで、呼吸が苦しくなると言う。
  「だからね、外に出たときには、必ず、これを巻いてね、少しは落ち着けるようにしてるの。」

  わたしは、さきの震災では被災しなかった。そのことが、今、神戸に住んでいると、たまらなく負い目に思えてくる。このことは、何度か、ここにも書いてきた。
  しかし、それでも、テレビなどから「被災地」という言葉を耳にすると、神戸のことかな、と一瞬、思う。もうやがて十年の時が経過するのだが、この街の土にも、空気にも、震災の記憶はしっかりと織り込まれていている。
  友達のように、今回の新潟の地震によって、被災体験を頭の中で追体験してしまい、傷ついている人もいる。
  だからといって、わたしに何ができるというわけもなく、ただ、黙って見守るしかないのだが。
  そして、「公園で寝泊りした」ことや、「線路伝いに、夜通し歩きとおした」ことなど、何度も同じ話を黙って聴く。
  

  聴くこと。
  それしか無い。
  神戸に住みながら、被災体験の無いものにできることは、語られることを、丁寧に受け止めることしか、無い。

  ところが、タチの悪いひとがいる。
  反発を覚える方もあろうが、ここは、「一部の」人間のこととして解釈していただけるとありがたい。「中途半端に被災したものが、一番どうしようもない」のである。
  わたしの経験では、大阪など、「揺れはしたものの、自分の生活に大きな不幸は無かった」という地域の人間には、苛立ちを覚えることが多い。
  「公園で、寒空の下、満足な毛布も無く、震えながら何日か過ごした」
  と、話すひとの前で、
  「通勤しようにも、電車が止まっていたから、アベノ近鉄でお買い物して、会社は欠勤した」
  と、笑って言える態度。
  「大きな揺れで、何が何やらわからないうちに、気が付いたら、ひっくりかえった机の脚を握って見上げたところに天井は無く、むき出しの空が見えた」
  という話の後で、
  「大きなシャンデリアが揺れに揺れて、もうあかん、落ちるわ、と覚悟を決めたけれど、なんとか落ちずに済んだ」
  という話が続けられる神経。
  こっちは、まったく被災していないのだから、何も言わない。言えない、のだが、自分の「被災レベル」がどのくらいで、相手はどのくらいなのか、もう少し細かい神経をつかった会話をするべきではないのだろうか。本当に、ひやひやする。
  
  さて、音楽会は、学年ごとに発表が行われる。
  そして、震災の翌年に生まれた子供たちの学年だけ、少しばかり人数が少ない。
  子供たちの合唱も、合奏も、食べるものがあり、着るものがあり、住む場所があってはじめて気持ちを傾けることができるもの。
  「文化の日」。
  文化ごときに心を向けられることを、心から感謝する一日なのかもしれなかった。

  
  
  
      青白き十一月を受け入れぬ

 
  毎年なら今頃、この人工島にも、紅葉の季節が訪れている。
  まっすぐに伸びた通りは、銀杏の落とす金色の葉でいっぱいに埋もれ、スポーツ・ジムの窓は、燃え立つようなフウの木の赤い色を映している。
  
  それが、当たり前だと思っていた。

  今年は塩害のせいか、銀杏は細々と青葉を伸ばして、頼りない日の光を蓄えようとし、フウの木は可愛らしいトゲトゲの実を実らせることもなく、薄い葉を縮らせている。

  当たり前のことなんて、本当は、どこにも無いと知る。

  
     秋麗や 海の航跡 空にもまた

 
  真昼の穏やかな波が、しなやかに踊っている。
  フラ・ダンスのダンサーの、左右に揺れる両腕を思い出させる動き。洗濯物を干す手を止めて、しばらく海に心を泳がせる。
  クレーンがひっきりなしにコンテナを吊り上げ、せわしそうな陸の動きとは対照的に、沖を通るタンカーはどれも静かに、その巨体をゆっくりと沖へ向かってすべらせて行く。

  秋の午前中。
  こうして、海を眺めていると、つい時間を忘れてしまう。
  いけない。掃除もしなきゃいけないのに。
  洗って糊付けしたシーツを広げて、丁寧に物干し竿にかけていく。
  つい最近までの、痛いほどの日差しを浴びせかけられていたことが嘘のよう。優しい光の降り注ぐ東向きのベランダからは、かっきりと澄んだ空を悠々と渡る雲の群れも見える。
  そして、どこへ向かった飛行機なのだろうか、白い飛行機雲が、一直線に山の方から海の方へ走っているのも、見える。

  あの雲をつくった飛行機の中には、たくさんのひとがいて、みんな、それぞれがそれぞれの想いを抱えて、いっしょに空を飛んで行ったのだなあ、と思うと、なんだか不思議。

  そして、飛行機が、人たちと心たちを乗せてはるか遠くに飛び去ってしまった後には、白くくっきりとそのしるしが残され、やがて跡形も無く消えていく。

  それは、こうしてPCの前で綴っている行為に似ている。

  確かに、わたしは、此処にいる。
  だけど、それは、いつしか消えるもの。跡形もなく。
  

  「不倫日記」は、今やそれだけで一ジャンルを作っているほどのにぎわいである。
  そもそも、不倫、という行為は、表向きは何も変えずに、全くの水面下で行われる行為であろう。
  なので、第三者が目を通す媒体を使い、そのことをあからさまに公表するのは、本当はNGなのである。
  しかし、そこは「匿名」の良さ、誰が書いているのか分からないから誰も傷つけない、ということで、「秘密の恋の隠しておけない胸のうち」をネットに曝す、ということになる。
  そこまでは、わたしも破廉恥な内容のものを平気で書いている身(ただし、事実ではない)であるから、否定は、しない。
  だけど、ひとつだけ言いたいことがある。

  「不倫日記」の作者たちよ、恋愛がうまくいっている間だけノロケまくって、縛られただの、あそこをどうされた、だの、書くなよ。
  その恋愛が破綻していくとき、その過程についても、そのセックスシーンと同じくらい、リアルに書けよな。
  第三者に、自分を曝すのだから、そのくらいの覚悟して臨めよ、でなきゃはじめから書くな。

  雲は、いつかは消えるもの。
  だけど、ある日見たひとつの雲のひとひらが、心に刻み込まれてずっと消えないこともある。
  目に「入る」とは、そういうことだ。

  
       どんぐりを並べてこころ休まらず

  「どうしたの?最近、なんだか変だよ。」
   そう始まる文字を、さっきから何度読み返したことだろう。一週間前の午前一時に届いたメールだ。
  「疲れているのかな。」
   次にはそう続き、それから、
  「元気出していこうね。」
   こう来る。もう、暗記してしまった。
   彼女は、「ありがとう。まだ暑さが残ってて疲れるけど、お互いに頑張ろうね。」などと、いそいそと返事を送ったのだが・・・それきり、メールは来ない。暑さなんか、とっくに吹き飛んでしまった。さっき、公園でどんぐりを拾ったほどだ。

   そもそも、「なんだか変」になった原因は、彼からのメールが激減したことにある。
   ほんの二か月ばかり前には、毎日、三回以上はケータイに着信があった。昼休みと、「今から帰ります」、それから、寝る前と。その間にも何回かやりとりがあって、いつのまにか彼女の生活のリズムは、彼とのメールの往復の中に織り込まれるような感じになってしまった。
   「メールが生活に織り込まれる」では無い。
   「生活がメールの中に織り込まれる」のだ。つまり、いつでも、何をしていても、ケータイを気にするような暮らしぶりになった、ということだ。

   出会ってすぐから、「男と女になる」まで。
   その時期、彼から送られたメールは、それこそスコール並みの量だった。「こんな月の夜には、いっしょに海で過ごしたいね」という浪漫路線から、「背中から抱きついてキスしたい!それから押し倒して・・・」というようなヒワイ路線まで、あれこれ取り揃えて、一日に数十通のやりとりがあった。
   最初のうちは、あからさまに、関係を持ちたい、というようなメールには、はぐらかしたり、ごまかしたりしていたのに、いつしかすっかり口説き落とされて、つい、
   「抱きたい?心の準備をしておきたいの」
   などとこちらから書いてしまっていた。

   あの頃、頭の中でアラームが鳴っていた。
   こんな生活は、いつまでも続かないよ、こういうのに慣れると、あとでおそろしく寂しい想いをするよ、いい加減にしておきなさい。

   したがえなかった。

   小さな液晶の上での、刺激的なやりとりに、すっかり溺れてしまったのだ。
   
   男と女の関係になり、確かにそれまでよりもメールの回数は減ったが、それでも、今のように、何日も何日もほっておかれるということは無かった。

   ため息が出る。

   こちらから、二回連続してメールを送って返事が来なければ、その日はもう止める。女はそう決めている。忙しい仕事だということが分かっているし、自分にもプライドがある。返事をねだるようなことはしたくない。自分が、相手に追いかけられると冷めるタイプだから、しつこく迫るということができないのだ。
   それでも、一言くらいは何か言いたくなって、
  「メールが来ないと、ケータイをトイレにでも落としたのか、あなたが何かの事故に遭ったのか、それとも女ができたのか、さっぱりわからなくて、不安でたまらないの」と書いてやった返事が、「最近、変だよ」だったのだ。
   あのとき、何よ、あなたがメールくれないからじゃないの、とでも書いてやればよかった。こんなに長く返事が来ないとは、あのときには思えなかった。文面からは、優しさがにじんでいるみたいに思えた。都合のいい解釈だったのか。

   ほんとに、他に、女ができたのかなあ。
   ため息が、また出てしまう。
   でも、最初のうちは、自分ひとりのわけが無いと思い、それはそれで納得していたのだ。長身、ソツが無い会話、下ネタをしゃべっても崩れきらない品の良さ。多忙な仕事を楽しんでいるかのような余裕。自分の他にも、そういったところに魅力を感じている女がいて不思議では無い。
   だから、あの時点で、今の状況だったら、これほどには悩まなかっただろう。なまじ彼が「こう見えても不器用で、今はきみひとりだけなんだ」などと書いてきたからいけないのだ。
   だから、ついついのめりこんでしまった。
   「不器用な」彼が、もしかしたら新しい女に、今度は十五夜をつかって口説きのワザを繰り広げているのでは無いか、と、こうして気を揉むことになってしまったのだ。

   「俺はモテるからね、きみ一人のはずが無いだろ。」
   などという男は、本当は一人の女だけを愛する誠実な男で、
   「俺は本当に、一度に一人の女しか愛せないようにできてるんだよ。」
   などという男に限って、何人もの女と関係を持つような気がする。
   これは、どうしてなのだろう。
   寂しがり屋で、ひとりぼっちでは過ごせない男は、女に愛想をつかされるのが怖くて、結果、何人もに「お前一人だ」と宣言して、保険をかけてしまうのだろうか。だとすれば、女は、お前のことだけ愛しているよ、という言葉には警戒しなければならない。
   逆に、いやーお前だけってわきゃ無いだろーが、と言われたら、しばらくは安心だと落ち着いていればいいのだろうか。

   女は、またケータイをみつめて、その小さな流線型の身体が震えて光り、優しげな言葉が浮かび上がるのを待つ。
   愛の言葉こそ用心しなければならないのに。
   愛の言葉だけ待ち望んでいる。
     
   

      コーダまた繰り返し弾く「枯葉」かな

  運動会の準備と仕事にかまけて、テレビからも新聞からも遠ざかっている間に、ものすごくショックな出来事が起きていた。

  フランソワーズ・サガン死す。

  誰でも、青春のある時期に、その後の生き方に大きな影響を与える作家との出逢いがある。わたしにとって、その人がサガンだった。
  
  嬉しさも、悲しみも、ある矜持を持って受け入れるのが大人の女であるという姿勢は、彼女の本から学んだ。
  不条理なことも、災難も、口笛を吹きながら、それでも受け止めて逃げないのが、結局は人生とうまく付き合うコツだということも。

  人は、いつかは死ぬ。

  年をとるということは、こうして、自分に何かを与えてくれた、つまり、自分をつくってくれた人たちを次々に送っていくことなんだと思う。
  
  そしてそれは、もう、自分が、与えられる立場から、与える立場に立たなくてはいけない時期にきたということなのかも、しれない。


  
      きみの名をまず呼び出せば秋風来

 
  主婦が家で仕事をするということ。

  朝食の仕度をして、夫を送り出して、子供たちの世話をして、幼稚園バスに乗せる。
  寝室を片付けて、洗濯機を回しながら、食洗機を動かしながら、食卓の上に仕事を広げる。
  さて・・・と思うと、電話が鳴る。
  「墓場」とか「下着」とか「高性能掃除機」とか、その他いろいろのセールスがほとんどだけど、そいつをかわしながら、机に向かう。
  洗濯物を、干す。
  部屋の掃除もしなくてはならない。
  今日は子供の習い事に付き合わなければならないから、夕食の準備もしなくては。
  
  少し仕事をして、また中断して、またやって・・・その繰り返し。
  
  子供が帰宅すれば、仕事はできない。
  母業専念。

  子供たちを寝かしつけると、夫の帰宅。夕食を出して。
  
  ようやく仕事・・・と思ったら、なんと子供の体操服が破れているではないか。もうすぐ運動会なのに。で、また、仕事の山を横目に見ながら、裁縫箱を持ってくる。

  

  集中してやることができない。
  必ず、何かと平行しながらの仕事、である。
  集中してやりたい。
  だけど、できない。イライラする。当然、犠牲になるのは自分の睡眠時間。
  しかし、何とか、絶対に納期には間に合わせる。いつも。

  突然だが、「恋愛日記」を読んでいると、女が男からのメールを待っている、ということが多い。
  いやもちろん、そういう恋をしているからこそ、日記を書こうという気持ちになるのだと分かっているのだけど。
  そこをあえて言うけれど、なんだか状況が似ていないか、仕事しながら家事をこなすということに。
  
  何かしていても、彼のことを想う。
  何をしていても、彼の入る場所は、心にいつでも開けてある。
  彼に集中できなくても、最終的に彼との恋は大事にできる。

  ・・・女って、そういう感じ?


  
   
  
       病葉の葬列のごと舞ひて行く

 
  塩害で、紅葉は台無し。
  寂しい秋になりそうである。ケータイの待ち受けを、春は桜、初夏は若葉、夏は朝顔、と替えて遊んできたのに、秋はまだ模様替えできずに、いる。葉脈の一本一本まで真っ赤なフウの葉を撮りたかったのにな。

  海風にやられて、カサカサに枯れるにしても、霜の降りる中で、赤々と燃えながら散るにしても、どちらにしても、葉は落ちる。
  秋が来れば、いずれは死んでいく運命なのだ。
  しかし、消えて行くことが分かってはいても、できれば、フウならフウの、イチョウならイチョウの、最大に力を尽くしたと見える姿を見送ってやりたかったな、なんて思う。

  死は、どんな生きものにとっても、避けられないものなのだから。

  友達から借りた「ブラックジャックによろしく」の6巻に、こういう言葉が、ある。
  
  「医者と患者は三人称であるべきだ。」
 
  ガンの告知に関するシーンである。一人の医者が、一人のガン患者と、人間同士として真剣に向き合い、「彼・彼女」という三人称の関係を超えて(先の言葉に従うなら、それは禁断の選択ということになる)、「私・あなた」という二人称の関係へと踏み込もうとする葛藤を描いているシーンである。
  死を真ん中に挟んで対峙した、二人の人間が、果たしてどこまで「三人称」でいられるのか。息詰まる場面。

  教会のミサを思い出した。
  神父が死を語るとき、それは、いつでも「私・あなた」の二人称である。そして、それ以外は考えられない。最も、教会では究極の「一人称で語られる死」があるのだが。それは、もちろん「人間たちの罪を負った神の子イエス・キリストの、死」(そして復活)である。

  しかし、生きものにとって、あえて考えを及ぼさなければ、自分以外の生物の死は、三人称なのである。医者に限らず、そうで無くては生きられない。
  だから、考えをおよぼさなくてはならない事態・・・それはつまり、自分にとって大切なひとが死に直面したとき、ということであるが・・・になったとき、どこまで「二人称」あるいは「一人称」になれるのか・・・そこでは、真の信頼関係が試される。死、に至るまでの、生、をどう過ごしてきたか、つまり、お互いがどう関わり合ってきたかということが問われる。
  

  俳句日記を書いていると、しばしば、この「人称」の問題で頭を抱えることになる。
  俳句で表現されたことは、全て一人称、つまり「わたし自身」のことと解釈される。
  それは、まあ、それでいい。
  問題はその後に続く「お話」の部分である。
  これを、「彼女」の話として書くのか、「わたし」の話として書くのか、毎回、実は悩んでいる。架空のことであっても、ヒロインの中にどこまで入るか、話の「温度」がそこで違ってくるのだ。

  なので、医療の現場を舞台にし、人の生死を扱った物語の中でも、この言葉には強い磁力を覚えた。
  最も、医療関係者では無いから難しいことはわからないし、現場の感覚にも見当が付かない。
  しかし、「三人称で死を語ることの限界」を、この研修医を主人公に据えたストーリーを読み進むうち、其処此処に感じた。
  もしかしてそれは、「科学の限界」というものなのかも、しれない。

  
  
  
  

梨の皮

2004年9月12日
  

      梨の皮切れずに剥けて願い無し

  林檎の皮や、梨の皮を、最後までちぎれずに剥くことができたなら、願い事が叶う、と聞いたことがある。

  少女だったわたしは、片想いの彼と両想いになりたくて、まだそんなに上手では無かった包丁を使い、必死で皮むきの練習をしたものだ。
 
  主婦になった今では、ちぎれずに剥こう、などと意気込んで包丁を握らずとも、簡単に、すいすい剥けてしまえるようになった。
  けれども、剥き終わった皮の、新体操の選手が手元から繰り出すリボンのような、きれいな螺旋を見ると、ああ、これで願い事がひとつ、叶うんだな、と思う。
  
  さっき、タロット占いで、「死神」を引いてしまった。
  終わりの、カード。
  密かに叶うことを夢見ていた願い事だけれど、あのカードによれば、もう叶わない。

  そんなに大それた願いだったとも思えないけれど。
  そう。梨の皮一枚程度で、決着できると思う願い事だと思うのに。
 
  だけど、本当の答えは、占いの中には、無い。
 
 ・・・答えは、ケイタイで、やってくる。
 その小さな箱が、身をよじらせて震えることを、わたしは、静かに待っている。

  

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